句は食わないから、これぐらい結構なことはない。ところが金サンは野球というものを全然自分ではしたことがない人だから、こういう人に限って、人の講釈の耳学問や、書物雑誌などに目をさらして、一生ケンメイに理窟で野球を覚えこむ。選手が五年かかっても実地には身につけがたいことを、理窟だけなら半日で覚えられるから、本や雑誌を山と買いこんで東西の戦記や理論に目をさらした金サンの講釈のうるさいこと。
「アメリカの大投手の伝記によると、投手は第一に腰を強くしなくちゃアいけない。それにはランニングが第一だと語っているな。日に五|哩《マイル》も駈けてるぞ。それも遊び半分に駈けてるんじゃなくて、わざと坂道の多い難路を選んでアゴをだすほど猛烈に力走して腰を鍛えているのだな。キサマも、それをやらなくちゃアいけない。オレが自転車でついてやるから、あすの朝からはじめろ」
 魚屋だから、朝は早い。早朝に長助を叩き起してランニングにつれだす。自分は自転車で汗水たらして坂道をこぐ。早朝の路上にはこれに似た人々がすれちがうが、それは人間をつれて走らせてる人々じゃなくて、犬をつれてるところがちがっている。
「投手の身体をつくるに
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