りだす豪球が、ここんとこコントロールが乱れているから、ミッチリ落着いた練習をさせなくちゃアいけねえ」
「お前さんが長靴をはいて、自転車に片足つッかけて、オカモチをぶらさげて垣根の外から首を突きのばしているから、落着いてタマが投げられやしないッて長助がこぼしているよ。お前さんが野球の名人で長助に手ほどきしなきゃアならないというなら話は分るけど、五間とタマを投げることもできないくせにさ。オカモチぶらさげて、自転車に片足つッかけて、電柱にもたれてさ。三時間も垣根の外から首を突きだしてるバカはいないよ」
「うるせえな。隣の源次をみろよ。紋付をこしらえたよ。結婚式も借着の紋付ですました野郎が、新調の紋付をきて、商売を休んで、鼻たれ小僧の手をひいて、静々と将棋大会へでかけやがったじゃないか。それで負けて帰りやがった。ざまアみやがれ。オレが三時間ぐらい突っ立ってるのは何でもねえ」
 ひと月ほど前に、床屋の正坊が新聞にでた。県の将棋大会というのがあって、各町村から腕自慢が百人ほども集った中に、最年少の正吉もいたのである。二回戦で敗れたが、特に敢闘賞をもらった。その記事と、対局中の写真までのったのである
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