ような小僧だなア。一見したところ、否、ジイーッとみつめても、ナメクジよりもダラシなくのびてやがるだけじゃないか。メメズ小僧とはよく云った。ドブから這い上ったような奴だ。アッ。いけねえ。懐中物は無事かな?」
 と、天元堂はハッと自分の胸を押えて、目玉を白黒させなければならない始末であった。
 あつらえ向きのガキを発見したから、天元堂はよろこんだ。さッそく立ち帰って、これを金サンに報告したから、金サンも有頂天になって、よろこんだ。
「ありがてえ。はやくそのガキを一目見たいね。つれて帰ってくればよかったのに」
「イエ、それがね。つれて帰れば私のウチへ泊めなくちゃアならないでしょう。私ゃあのガキと同居するのはマッピラですよ。カッパライを働くためにこの世に現れた虫のような薄気味わるい小僧なんですよ。旦那のウチへ泊めるなら、私ゃいつでもつれてきますがね」
「それはいけないよ」
「そうでしょう。ですから今度の日曜の一番で立って、つれてきます。その手筈をたててきましたから。ヒル前には戻れますから、対局は午後からということにして、もっとも、東京行きの終電事に間に合うように指し終らなくッちゃアね。私ゃあのガキをウチへ泊めるぐらいなら、ホンモノのメメズと一しょにドブへねる方がマシだよ」
 そこで金サンは隣の床屋へでかけた。
「オ。源的。そッぽを向いちゃアいけねえや。今日は話の筋があってきたんだ。オレの頭が狂っているか、お前の頭が狂っているか、実地にためしてみようじゃないか。オレが東京からガキを一匹つれてくるから、正坊と将棋をやらせてみようじゃないか。そのガキは正坊よりも二ツ年下だが、ガキの方が角をひくと云ってるぜ」
「二ツ下といえば、小学校の六年だな」
「そうだとも。もっとも、学校とは縁が切れている。脳膜炎をわずらッて、それからこッち、学校には上っていないそうだ」
「正坊に角をひくなら初段だが、小学校の六年生に初段なんているもんかい」
「東京にはザラにいるらしいや。魚河岸の帰りにちょいと見かけたものでな。オレの町には正坊てえ天才がいて、町の大人には手にたつ相手がいなくなって困っているが、ひとつ指しに来ないかと云ったところが、田舎の子供なら、ま、角を落して指してやろう。なんなら二枚落して指してやろうと、こういうわけだ」
「偉い先生の弟子なのか」
「そんなもんじゃないそうだ。しかし、きいてみると、こんなガキは東京では珍しくないそうだな。東京の偉い先生は、このぐらいのガキには見向きもしないそうだぜ。六年生で初段ぐらいじゃ、とてもモノにならないそうだ。三ツ四ツでコマを掘りはじめて、五ツ六ツでバタ/\と大人をなで斬りにして、小学校一年の時には初段の腕にならなくちゃアいけないものだそうだなア。中学二年にもなって初段に大ゴマ落してもらうようなのは、将棋の会所の便所の掃除番にも雇ってくれないそうだ。この日曜につれてくるが、角をひいて教えてもらッちゃアどうだな」
「よーし。正坊が勝ったら、キサマ、どうする。ただカンベンして下さいだけじゃアすまないぞ」
「アア、すまないとも。その折はチンドン屋を先頭に立てて、魚屋の金太郎はキチガイでござんす、という旗を立てて、オレが市内を三べん廻って歩かアな」
「よし。承知した。日曜につれてこい」
 話がきまったから、金サンは牛肉屋の二階広間を予約して、当日華々しく対局を行う手筈をたてたのである。

     戦おわりぬのこと

 いよ/\対局の当日になったが、こまったことには、この日は少年野球の準々決勝があって、ちょうど午後の試合に長助が出場するのである。おまけに相手チームには石田という県下第一と評判の高い投手がいる。
「どうも、変だな。長助の評判が立たなくッて、石田なんてえのが県下少年第一の投手なぞとは腑に落ちないな。新聞社が買収されたんじゃねえのか。そんな筈はないじゃないか」
「ところが、そうじゃないらしいですよ。見た人がみんな驚いて云ってますよ」
 金サンの店の小僧がこう答えた。
「え? なんて云ってる?」
「凄いッてね」
「凄いッて云えば、長助が凄いじゃないか」
「イエ。てんで問題にならない」
「ナニ?」
「イエ。見た人がそう云うんですよ。てんで問題にならないッてね。スピードといい、カーブといい、コントロールといい、ケタがちがうッて。町内の見てきた人がみんなそう云ってますよ。明日は町内の学校はてんで歯がたたないッてね。応援に行っても仕様がないやなんて、みんなそう云ってましたよ」
「誰だ、そんなことを云ったのは。長助にヤキモチやいてる奴だろう」
「受持の先生も、そう云ってましたよ」
「あいつは長助を憎んでいるらしいな。第一、町内の奴らには、投球の微妙なところが分りゃしねえ。長助の左腕からくりだすノビのある重いタマ、打者の手元で
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