二三年下、小学校の五六年であれを負かすのも珍しくはありませんな。東京の将棋の会所には、同年配ぐらいで二枚落してあの子を負かすのが一人や二人はいるものですよ」
「そいつは耳よりの話だな。それじゃア、こうしようじゃないか。このマキを元値の二割引きで売ってやるから、東京で将棋の豆天才を探してもらいたいな。床屋の鼻たれよりも二三年下で、あの鼻たれをグウの音もでないほど打ち負かすことのできる滅法強い子供をな。しかし、なんだな。見たところは甚だ貧弱で、脳膜炎をわずらったことがあるようなナサケないガキがいいなア。この町へつれてきて、大勢の見物人の前で床屋の鼻たれと試合をさせて、ぶち負かしてやるんだから」
「それじゃア二割引きでマキを売って下さいますか。ありがたいね。モウケ仕事ですから、それでは東京へ参って、お言葉通りの豆天才を探して参りましょう。しかし、ねえ。脳膜炎をわずらったことがあるようなのが居るといいけど、こればッかりは請合えないね。ま、できるだけ貧弱そうなのを物色してつれて参りますから、マキの方は何とぞ宜しくお願い致します」
そこで天元堂は豆天才を探しに東京へでかけた。以前懇意の将棋会所を訪ねて訊いてみると、
「ウチにも少年が三人手伝ってくれているが、これはさる高段の先生から預ったものだから、私の一存で貸してあげるワケにはいかない。それに年もちょッとくッている。十二三の子供といえば、ウム、そうだ。私はまだその子供と指したことがないから棋力の程は知らないが、向島《むこうじま》にバタ屋の倅で、滅法将棋が強くッて柄の悪いのが一人いるそうだ。柄が悪いというのは、子供のくせに賭け将棋で食ってるそうだね。そういう奴だから、先生に世話してやろうという親切な人も、ひきとって育ててやろうという先生もいないが、小さいガキのくせに、力は滅法強いらしいな。この会所にもそのガキにひねられて三十円五十円百円とまきあげられた人ならタクサン来ているから、きいてあげよう」
二三の人にきき合せてくれると、いろいろのことが分った。浅草の某所に賭け将棋を商売にしているような柄の悪いのが集っている賭場のような会所があって、そのガキはそこに入りびたっていたが、今ではそこも門前払いを食わされるようになってしまったというのである。というのは、だんだんカモがいなくなってモウケがなくなったから、懐中物なぞをチョイ/\失敬する。将棋ばかりでなく万事につけて機敏で手先が器用であるから、このガキが現れるとオチ/\油断ができないので、門前払いを食わされるようになってしまったのだそうだ。
「それはまた大へんなガキだね」
「しかし、滅法強いそうだぜ。賭け将棋の商売人をカモにしていたそうだからね」
「呆れたガキだ」
「ここできくと、わかるそうだ」
その所番地を教えてくれた。天元堂がそこへ行ってみると、そこはバタ屋集団で、団長さんは頭をかきながら、
「あのガキですかい。たしかに本籍はここだがね。どこをのたくってるか、誰にも分りゃしないよ。ま、きいてあげるけどね。オーイ。メメズ小僧は、いねえだろうな? エ? いる? おかしいね。なんだって、いやがるんだろう。え? メメズ小僧ですか? あいつの名ですよ。どこにもぐってやがるか分らないから、みんながこう呼んでるんですよ。本当の名前なんぞ有るかどうか分りゃしないね。あそこが小僧のウチだから、のぞいてごらんなさい」
小僧のウチをのぞいてみると、貧相な汚い子供が、何かせッせと細工物をやってる。革の指輪に先の曲った針金をつけているのである。甚だ性質のよからぬ道具らしい。天元堂がのぞきこんでると、小僧は目をむいて、
「あっちへ行けよ」
「変った物をこしらえてるな」
「うるせえや」
「お前のところに将棋盤はあるか」
「…………」
「三十円賭けてやろうじゃないか」
「ほんとか?」
「むろんだ」
「ヘッヘ」
小僧はにわかにほくそ笑んで、天元堂を招じ入れたのである。小僧愛用の板の盤で指してみると、たしかに強い。天元堂が角を落して、三番棒で負かされた。彼と同格ぐらいのカがあるらしい。床屋の正坊なら、小僧が二枚落しても危いぐらいだ。賭け将棋の商売人をカモにしていただけあって、生き馬の目をぬくように機敏で勝負強い。タルミがない。
そのくせ、見れば見るほど、貧相である。まさしく脳膜炎の顔である。まるでナメクジのようにダラシがなく溶けそうな顔だ。シマリがない。ジメ/\といつもベソをかいているような哀れな様子である。
「造化の妙だなア。生き馬の目をぬくような機敏な才がどこに隠されてるか、とうてい外見では見当がつけられない。なるほど、これじゃア人々が油断する。賭け将棋の商売人がひッかかるのもムリがないし、彼らが懐中物をすられるのもフシギがない。生き馬の目をぬくために生れてきた
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