をつれて会場へのりこんだ。
 金サンも当日はセビロである。むろん靴もゴム長ではない。青のサングラスをかけて、ネット裏に陣どった。いよ/\長助のチームが出場の番になったが、その入場に誰も拍手した者がない。応援団が一人も来ていないのだ。相手チームの入場にはけたたましい声援と拍手が起った。応援団ばかりじゃなしに、満場の大半が拍手を送っている。優勝候補筆頭の期待のチーム、県下のホープなのである。
「面白くねえな。しかし、今に見やがれ。吠え面かかしてやるから」
 金サンは満場のバカどもに一泡ふかせてやろうと、口に美声錠《びせいじょう》をふくんで時の至るを待ちかまえた。ところが、である。試合がはじまってみると、実に意外である。意外、また意外である。石田投手の物凄さ。身長は長助と同じぐらいだが、スピードは段がちがう。コントロールはいいし、カーブを投げてもスピードが落ちない。金サンはカーブというものは曲る代りにスピードが落ちてフワ/\浮いてくるものだと思っていたのである。
「ウーム。凄い野郎だ。別所に負けないスピードだ」
 金サンが思わず嘆声をもらしたので、近所の人々が笑いをもらした。金サンはムキになって、隣りの人に食ってかかった。
「あいつは超特別の大天才投手だよ。凄いウナリじゃないか」
「スポンジボールだからね」
「なアに別所だって、あんなもんだよ。カーブだって目にもとまらない速さじゃないか」
「どうかしてるな。このオジサンは。オジサンはあの学校の先生かい?」
 近所にいた子供がきいた。その連れの子供が云った。
「あのピッチャーのオヤジだろう。あんまり変テコなこと云いすぎらア」
 すると、みんなが笑ったのである。しかし、まさかアベコベのオヤジとは誰も気がつかない。金サンはいささか蒼ざめた。バッタ/\と三回まで長助チームは全員三振であった。長助はしきりに打たれて三回までに五点とられた。
「よく打ちやがるなア。あのピッチャーだってうまいんだがなア。あの左腕からくりだす豪球――」
「豪球じゃないや。ヘロ/\じゃないか」
「バカ。相手のピッチャーが豪球すぎるから、そう見えるのだ」
「ウソだい。あんなヘナチョコピー、珍らしいよ、なア。クジ運がよかったから準々決勝まで残れたんだい。別の組だったら一回戦で負けてらア。ほら、ごらんよ。石田が降りて、第二投手がでてきたよ。第二投手でもあのヘナチョ
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