睨まれるばかりさ」
「私のはたばこがきれてるせい」
 にこりともしない顔が、睨む目をそらして呟いた。
「私は御承知の如く無為無能の村長だから、村長たる力によってあなたに何もしてあげることができない。幸い私には夫婦二人には広すぎる屋敷があるから、部屋は自由に使っていただいてかまわないが」
 マリ子は余の差出したたばこを吸っていたが、
「そんなに困っているように見える?」
「困っているように見受けられるが」
「やせ我慢はよした方がいいかな。でも、もっと困ったことだって、十回や二十回にきかなかったわよ。今まで生きてくるのに。今日なんか、私がこうしてぼんやりしてると、誰かがきて、みんなしてくれて、たばこもくれる人があるし、なんでもない方よ」
「やせ我慢じゃないかね」
「そうでもないらしいわ。私はね。むしろ羽生助役に感謝してるんです。土間の藁にもぐりこんで眠ることを教えてくれたから。ふとんだのたたみなんて、たたんで押入へ片づけることができたり、掃いたりするのに便利なだけだ。私がゆうべたたみの上のふとんにねたか、土間の藁にもぐりこんでねたか、誰に分るものですか。私でなくて、王様の場合だって、そうで
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