に早いもので、本日の大工費用は根作が自慢の馬を売って用立てるそうだということが学校をとりまいて見物していた人々の口から口へ伝わったのである。それを聞きつけたので、根作が血相変えてやってきた。
「村長はいるか。どこだ」
 待ってましたと羽生が彼を迎えて、
「村長はまことに不謹慎だ。お前さんが馬を売れば、鹿の頭がなくなってよろしかろうと云っている」
「ヤ。そのことで来たのだが、今日の費用は俺が馬を売って調達するとは、いったい村長は何を根拠にそんな阿呆なことを云うとるのか。俺がいつそのようなことを云うたか。村長は俺の馬がそんなに憎いのか。俺の馬を売らせたいのか」
 羽生は当てが外れて狼狽した。
「いや、馬の話は今日のことではない。今日の費用は俺が自腹を切ってもよい。その話はまた別だから、まア、こッちへ来なさい」
 羽生は根作の手をひいて、誰も居ない方へ急いで連れ去った。
 余はマリ子の姿をさがした。故大佐と余とは陸海軍の相違があるから、たまたま県人会などの席で顔を合せた程度で、深い交りというものはなかった。しかし、故人の遺族が本日の如くに難儀しているのを同じ軍人として見過すわけにはゆかない。
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