す」
「いや。私は碁ばかりでなく一切趣味のない男で、植木や畑いじりぐらいの楽しみがせいぜいだね。そんな私だから、それが日課ときまれば毎日定刻の出勤は苦になるどころか、身体にもよろしかろう」
 そんな軽い気持で引受けてしまったのである。
 この村の小学校は昨年怪火を発して全焼した。幸い新築まもない中学校は焼け残ったので、それと寺院なぞで二部三部授業を行って一時をしのぎ、目下どうやらバラックの教室もできあがって、あとは本建築の校舎起工にとりかかる段取りである。ところが、この金策がつかない。村長になりたがる者がないのも、このためであった。
 しかし、村長なしでは済まされないので、村会議員らと助役が余を訪れ、校舎新築の件や金策のことは一切自分らがやって御迷惑はかけないから村長になってもらいたい。余が何もしなくとも余の肩書が自然に働いてくれるのだから。事務も一切助役が代行する。いわば宴会の村長だというようなわけで、なるほど世間にはそんな村長も少い例ではなかろうと余も大笑して村長になったわけだ。
 就任の当初から問題の小学校であったが、さて実地に接してみると、その操縦は軍艦を動かすよりもよほど難物
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