は自分の名誉をもとめたこともないのです。村長になろうとすらも考えませんでした。下積みのまま、ひそかに村につくすのが誇りでした。私がもとめた報酬は、ただささやかな満足。人知れぬ満足。しかるにあなたが私に与えた報酬は無実の放火犯人。面白い。私はあなただけはいくらか信用していたが、要するにあなたは面白い人だったね。俺を無実の放火犯人にするとは!」
突然彼は躍りかかった。余は全身に滅多打ちの襲撃をうけ、最後に眉間にうけた一撃によって地上に倒れた。
余の傷は幸いに軽微であったが、世評は余にかんばしくないようである。余は小学校の床板を張る才覚もつかないような無能な村長であったと云われている。あげくに発狂して助役を放火犯人とよび頭の鉢をわられるに至ったと云われている。全村あげて余の噂を笑い楽しむ如くである。
余の無能、余の発狂、二つながらたぶん正しいのであろう。拙《つたな》かりし生涯をかえりみれば、有終の美をとどめたものと云うべきであろう。余は余の墓碑銘を次の如くに記しておいた。
「中庸に敗る」
底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「群像 第八巻第六号」
1953(昭和28)年6月1日発行
初出:「群像 第八巻第六号」
1953(昭和28)年6月1日発行
入力:tatsuki
校正:狩野宏樹
2010年2月5日作成
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