となった。
 そのとき起ったのが小学校の縁の下から発見された首ナシ死体事件である。その小学校は三高木工所の裏隣りであった。死体の主は誰だか分らなかった。

          ★

 寒吉はこの事件の発生とともに変テコな胸騒ぎがして仕様がなかった。どういうワケだか、これと三高に関係があるような気がするのである。三高木工所は仕事を再開したが、気をつけてみると、例の人相のわるいサクラの姿はどこにも見えない。死体はそろそろフランしていたが、死後二週間ぐらいだろうという。ちょうど花見のころに殺された死体なのだ。そう云えば、寒吉は花見以来サクラの姿を見たことがない。もっとも、あれ以来、三高のトラックがでかけたあとでちょッと留守宅を訪ねるだけのことだから、運動員を見かけることが少かったせいもあった。
 しかし、あのサクラ男が行方不明なら、誰かが騒ぎだしそうなものだが、それもないのである。寒吉は何気ない様子で三高木工所へ立寄り、働いている若い男にきいた。
「選挙で従業員がへったじゃないか」
「へりやしないよ。元のままだ」
「四十がらみの人相のわるいのが居ないじゃないか」
「四十がらみ? それはここの大将だろう」
「大将じゃないよ」
「四十がらみの職人なんて居るかい。ずッと若いのばかりだ」
「選挙のときに居たじゃないか」
「選挙のときは休業よ」
「選挙の仕事をしていたぜ」
「選挙の時にはいろんなのが手伝いにくらアな」
「花見の演説のときサクラの男がいたろう」
「知らねえよ、そんなの。選挙の話なんぞはクソ面白くもねえ。よしてくれ」
 腹をたててしまった。わざと隠しているような様子もないが、総じて選挙の話をしたがらないようだ。しかし、それは、選挙の結果が人ぎきのわるい得票数に終ったせいのようだ。選挙の話がでると軽蔑されてるようなヒガミが起るらしい風でもあった。
 この上はポチャ/\夫人からききだす一手であるが、選挙が終ってみると、面会を申しこむのも手掛りがない感じで、そのためにシキイをまたぐ勇気がでない。休みの日に半日往来で待ち伏せして、買い物にでたところをようやく捉えることができた。
「選挙のとき、三高さんの運動員の一人に貸してあげた物があるんだけど、その人、居ませんかね」
「運動員なら全部居る筈ですわ。従業員ですから」
「ところが居ませんよ」
「そんな筈ないわ。やめた人ないもの」
「四十がらみの男ですよ。ボクがはじめてお宅へ行ったとき取次にでた男なんです」
「そんな人いたかしら?」
「いましたよ。キチガイじみた高笑いをした男がいたじゃありませんか」
「そう、そう。江村さんね。あの人は従業員じゃありませんよ。ウチの者じゃないのよ。選挙の運動員でもないわ。たまに来て手伝ったことはありますけど、お金を盗んで、それッきり来ないわ」
「お宅のお金を盗んだのですか」
「ええ。選挙費用を十万ほどね。選挙のことだし、今さら外聞がわるいから表沙汰にもしないのよ。ひどい人」
「いつごろ盗んだのですか」
「ハッキリ覚えていませんわ。あの人なら貸したが最後、返さないわよ、ウチでなんとかするでしょうから、主人に云ってみて下さいな」
「それほどの物じゃないんですよ、ただ奥さんの顔を見たから、ちょッときいてみる気になっただけさ。あの人は、いったい何者ですか。人相のわるい男でしたね」
「むかしの知り合いらしいわ。私たちの結婚前のね。どんな知り合いかよく知りませんが、よくない人よ。私の知らない頃の主人の友達なんて、なんだか気が許せない気がしてイヤなものですわ。主人まで気が許せなく見えるんですものね、その人のおかげで」
「そんなにイヤな奴でしたかね」
「私のカンなのよ。でも、ウチの者は、従業員たちも、みんな江村さんを嫌ってたわ。主人をそそのかして立候補させたのも江村さんだろうッて」
「だって、選挙の参謀でも事務長でもなかったのでしょう」
「それは悪い人は表へ出たがらないもの上。結局お金をチョロまかして逃げちゃったわ」
「だって、たった十万でしょう」
「大金じゃありませんか」
「選挙費用のうちじゃ目クサレ金ですよ。お宅だって、百万や二百万は使ったでしょう」
 さすが違反を怖れてか返事をしないのは上出来であった。
「別に貸した物が欲しいわけじゃありませんが、一度御主人にお目にかからせて頂くかな」
「そうなさいな。人のしたことでも、カカリアイのあることならキチンとしてくれる人ですよ」
 わざと三四日の間をおいて、寒吉は夕食後和服姿にくつろいで三高を訪問した。
 三高は彼を見るなり、「江村があなたから何か借りッ放しだそうですが」
「イエ、それはもういいんです。それどころか、あなたこそ大変な被害をなさったそうですね」
「イヤ。これも選挙費用のうちですよ。そう思えば、問題はありません。もう
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