ン屋の女房に早変りしていた。
「オヤ、お前かえ。無事で帰ってきたの。こっちは、みんな死んじゃったよ」
 とオフクロは面白くもなさそうな顔をあげ、ちょッと仕事の手を休めて言ったゞけであった。
 馬吉は見上げたオフクロだと思った。別にママ母ではないのである。ちょッと色ッポイところもあるよ、相当な美人じゃないか、と、そぞろに感じたのであった。
 新しいオヤジとオフクロは大変仲がよろしい。馬吉などは眼中にない。然し、ともかく浮世の義理によって、無給の奉公人としてコキ使う。馬吉は、アッパレなものだ、と新しいオヤジに敬服の念をいだいたが、慌てたのは新しいオヤジとオフクロであった。穴掘り作業の兵隊生活で、どういう鍛錬を経てきたのか明かでないが、馬吉の食慾が凄い。商売物だから、隠すわけに行かない。二六時中、監視を怠らぬというわけにも行かない。馬吉は遠慮なく手を突ッ込んで、いつのまにやらゴッソリ食い減らしてしまうのである。
 買い出しにやれば、買った物を食い減らしてくるとか、支那ソバを五杯食ってトウモロコシを十本がとこ噛《かじ》ってくるとか、それで当人は大いに自粛しているつもりなのである。
「ほんとはト
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