れ、彼はその晩、酔っ払って、野宿した。この社会は、あたたかいようで、大変つめたいところである。それは馬吉の気質のせいにもよるのである。彼は人にタカッて飲むことはあっても、人にタカられないチャッカリ屋で、品川一平のアパートに居候をきめこんでいても、二斗の米は自分だけで食い、リヤカーを売っても、自分一人でたのしんで、人におごったことがない。これは馬吉天来の気質であるが、この社会では、たいがいの連中が同一気質で、奴め今日は持ってやがるなと馬吉が睨んで飲み屋までついて行っても、自分だけ飲んで食って、馬吉には何もくれない。みんなアッパレなサムライで、さすがに揃っていやがると馬吉は内々感服するのあった。
馬吉は地下道に住むことを怖れるような男ではなかった。当今、地下道あり、寺院の縁の下あり、寝場所にこと欠くことはないが、胃袋の方はそれではすまない。
翌日野宿から起き上って、水をのんで小屋へ通い、そこは男よりも女、女優を一人一人訪問して、弁当を一つまみずつ分けてもらう。女となめると大マチガイ。
「なにいってやんだい。オタンコナス」
と大姐さんにアグラをかゝれてタンカをきられる始末。チンピラがたった二人、いまいましそうにパンの切れっぱしを分けてくれただけであった。
彼は昔からの習慣で、幹部女優の部屋へ行って隙をうかゞっているのである。なぜなら、男優の奴らはシミッタレでタバコをパイプで根元までジュウ/\吸う。さすがに女はパイプなどは用いない。ポイと吸いさしを棄てるところを待ってましたと拾う。拾うだけならよいが、棄てないうちに、さらいとる。以前は、一本あげるわよ、などいってくれたものだが、当節はそんな優しい言葉をかける者は一人もいない。馬吉を見ると、弟子の女優に、
「馬が来たよ。タバコ、オ弁当。それから蟇口《がまぐち》ね、みんなシッカリしまっておくれ」
という。
「よせよ。威張るない。オレだって、こんなこと、したくないよ。だけどさ。時世時節だから、君たちに狙いをつけるんだ。そうじゃないか。オメカケだのパン助だのと、女には内職できるけど、男はそうはいかねえよ。女の天下だから、あがめているんだ。有難く思いなよ」
「なにいってやんだい。甲斐性なしは男の屑さね。トンチキめ」
と、いうようなグアイで、手がつけられない。みんな見上げた人物なのである。彼も素早く退歩の陣立てをかためておけば、この社会でなんとか生計の立たない筈はなかったのだが、よウ、待ってましたッ、などゝ、たった一度だが、声をかけられたばっかりに、名優なみに豪遊して借金をつくって首がまわらなくなっているから、もはや手の施しようがない。
馬吉は空腹に降参した。泥棒だの殺人なども退歩の一策であり、あえて辞せないところであるが、一応はオンビンに運びたいと思ったのはムリのないところである。
彼は、すでに道具方の下働きで、舞台へ姿を現わすわけには行かないのであるが、サンチャン、というメソメソしたチンピラを拝み倒して、顔を白く塗ってもらい、物蔭に忍んでフィナーレを待った。
昼の第一回目のフィナーレである。奏楽が始って、ゾロ/\と現われる。彼はサッと踊りでゝ、中央の先頭に立ち、フラダンス、ヴギウギ、アクロバット、ウンチクを傾けての合成品、ヘッピリ腰で踊りまくり、一同が引っこんでからも、一人残って熱演。幕が下りると、幕をかきわけて、天地陰陽とりまぜての歌謡曲。みんなゲラ/\笑っている。
馬吉は胸に掌を組み合せて、小首をかたむけて、ご挨拶。
「エー。皆様オナジミの珍優、ノド自慢の馬吉、一言御挨拶申上げます。当劇団も追々《おいおい》とお引立てを蒙り細々ながら経営をつゞけておりますところ、座長、幹部俳優ともなりますれば、ゴヒイキは有難いもの、物資不足の当節にも拘らず、色々と差入れがありまして、小菅《こすげ》の大臣なみに幸せを致しております。しかるに不肖ノド自慢の馬吉ほどの逞しき男性も、珍優というばッかりに、世に誰一人として差入れて下さらない。アア、実に残念、悲しみの極みであーる。妖しくも燃ゆる血よ。ボクは切ないです。やさしき乙女のご後援を待望いたしまアす。キャーッ」
というのは、誰かゞリンゴを投げて、彼の下腹部に命中したのである。馬吉はウムと唸って、オ猿サンのように膝をだいてすくんだなり、動けなくなってしまった。これは芝居ではない。数名の座員に襟クビをとって舞台裏へひきずりこまれても、オ猿サンの姿勢をくずすことが出来ない始末である。
「ヤイ、この野郎。ふざけたマネをしやがる。一座の面目まるつぶれじキないか。色キチガイめ」
若い座員がコッピドク馬吉に往復ビンタをくらわせた。さすがに品川一平はゲラゲラ笑っていた。場末の役者ともなれば、根はそれだけのものだと心得ているからである。馬吉には、これが泌々
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