し、バカはメッタにいないものなのである。一平は女房に逃げられて、雑事に不自由していたので、とりあえず下男代りにコキ使うことにした。が、さすがの彼の心眼も、馬吉の胃袋を見破ることができなかったのは是非もない。
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万事退歩主義ですんでしまえば良かったのだが、ちょッとばかり良い思いをしたのが馬吉の身に悪るかった。
彼は一度役者にでて、すこしだけ、うけたのである。題しまして、素人ノド自慢大会。馬吉はオンチであった。調子が狂っているところへ、頭のテッペンから出る金切声と、ヘソのあたりから漏れてくる唸り声と、天地の声が入り乱れて悶えるのである。
「いよウ。馬ちゃアん。待ってましたッ」
と、声がかかったことも有ったから、馬吉もゾクゾクした。うけたといっても一瞬の夢の素人の悲しさ、あとがつゞかない。
品川一平も心眼が狂っていたことに気がついた。
「テメエは役者は見込みがないから、道具方の下働きなら使ってやる。然し、テメエのような大メシ食らいはウチへ置けねえから、今日かぎり、ほかへネグラをさがしなよ」
「そんなのムリだい」
「なにがムリだい。配給もないくせに一升メシを食らいやがって、こっちが持たねえよ。上野の地下道へ行きゃ、なんとかならアな、退歩しろよ」
「いけないよ。地下道に米は落っこってやしないじゃないか」
「テメエの食い分はテメエでなんとかしやがれ。そこまで人が知るもんか」
と、追いだされてしまった。なるほど品川一平の説は正論である。馬吉は正論に対しては感服を忘れぬ男であるから、なるほど、もっとも至極であると思った。然し、感心してばかりもいられないから、一座の誰彼を拝んで、
「オイ、一晩、とめてくれ」
「いけねえよ。泊ることは差支えないが、泊めっぱなしというわけに行かないからな。お前は図々しいから、メシを盗んで食うだろう。それがあるから、いけないよ」
「それは腹がへりゃ仕方がないから、盗むかも知れないが、一晩のことじゃないか」
「一晩だって、お前の胃袋は底なしだからそうはいかない。ほかへ当ってみな」
彼は女優はダメなのである。入団|匆々《そうそう》みんな一々当ってみて、例外なくアッサリ肱鉄《ひじてつ》をくっているから、見込みがない。
リヤカーはとっくに売りとばして酒を飲んでしまったし、まゝよ、フトンを売って飲んでやれ、あとは野となれ山とな
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