ゝないうちに一人のおいぼれ乞食をつくりだすのはわけはない。
私はカマキリを乞食にしてやりたいと時々思つた。殆ど毎日思つてゐた。牡犬のやうに私のまはりを這ひまはらせたあげく毛もぬき目の玉もくりぬいて突き放してやらうかと思つた。けれども実際やつてみるほどの興味がなかつた。カマキリはよぼ/\であんまり汚い親爺なのだ。そして死にかけてゐるのだから、いつそ、ひと思ひに、さう思ふこともあるけれども、いざやつて見る気持にもならなかつた。
それはたぶん私は野村を愛してをり、そして野村がさういふことを好まないせゐだらうと私は思つた。然し野村は私が彼を愛してゐるといふことを信用してをらず、戦争のせゐで人間がいくらか神妙になつてゐるのだらうぐらゐに考へてゐる様子であつた。
私はむかし女郎であつた。格子にぶらさがつて、ちよつと、ちよつと、ねえ、お兄さん、と、よんでゐた女である。私はある男に落籍《ひか》されて妾になり酒場のマダムになつたが、私は淫蕩で、殆どあらゆる常連と関係した。野村もその中の一人であつた。この戦争で酒場がつゞけられなくなり、徴用だの何だのとうるさくなつて名目的に結婚する必要があつたので、
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