を傾いたり、ゆれたり、駈けぬけて行き、私達の四方がだん/\火の海になり、やがて空が赤い煙にかくされて見えなくなり、音々々、爆弾の落下音、爆発音、高射砲、そして四方に火のはぜる音が近づき、がう/\いふ唸りが起つてきた。
「僕たちも逃げよう」
 と野村が言つた。路上を避難の人達がごつたがへして、かたまり、走つてゐた。私はその人達が私と別な人間たちだといふことを感じつゞけてゐた。私はその知らない別な人たちの無礼な無遠慮な盲目的な流れの中に、今日といふ今日だけは死んでもはいつてやらないのだと不意に思つた。私はひとりであつた。たゞ、野村だけ、私と一しよにゐて欲しかつた。私は青酸加里を肌身放さずもつてゐた漠然とした意味が分りかけてきた。私はさつきから何かに耳を傾けていた。けれども私は何を捉へることもできなかつた。
「もうすこし、待ちませうよ。あなた、死ぬの、こはい?」
「死ぬのは厭だね。さつきから、爆弾がガラ/\落ちてくるたびに、心臓がとまりさうだね」
「私もさう。私は、もつと、ひどいのよ。でもよ、私、人と一しよに逃げたくないのよ」
 そして、思ひがけない決意がわいてきた。それは一途な、なつかしさ
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