と郡山千冬といふ二人の事務員がゐたのである。ドクトルでないから何も知らない患者にとつては大へん良かつたやうなものだが、この両名は天下に稀なオッチョコチョイだからドクトルの留守の時などには白衣をつけて尤もらしく患者をタンクへつめこんで首までもぐして面白がつて患者を半殺しにするぐらゐはやりかねないので、この二人がこゝへ務めていたといふのは気違ひが気違ひ病院の院長をつとめてゐるやうに自然であつた。そして二人は非常に仲が悪かつた。犬猿もたゞならずとは二人のことで、なにがさて並の人間の十倍ぐらゐ口先の良く廻転する両名だから、悪口雑言、よくまアこんないやらしい言葉を掃溜《はきだめ》から掻きまはして拾つてきたと思ふやうなことをおたがひに蔭で叩きあつてゐたのである。
 御両名が仲が悪いのは尤も千万で、杉山英樹といふ先生は「バルザックの世界」といふ大著述を残したが、ちよつと読むとひどく面白いことが書いてあるやうだが、よく読むと何だかさつぱり分らなくなるので、たぶん杉山自身も、よく考へると分らんけれどもちよつと面白さうなことが三行に一行づゝ書いてあるから人間に読ませるならこれぐらゐでたくさんだと思つて威勢
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