な声であるが、後楽園球場で一番響きの悪い声で国民学校一年生のやうにうるさく怒鳴つたり拍手したり落付きなく見物してゐるのがこの男だ。ところがこの男は毎日職業野球を見物してゐるだけが能かと思ふと、さうではないので、万歳も見てゐるし、安来節《やすきぶし》の小屋でカケ声をかけてゐることもあるし、浪花節でもレビューでも何でも行儀の悪い見物人ののさばるところはどこでもこの男を見かけることができて、その中で誰よりものさばつて行儀が悪い。小さい男であんまり落付なくハシャイでゐるから国民学校の子供かなと思ふけれども、やつぱり大人で、第一声がジャングルの声だ。ボルネオの子供かなと人が思つたりするので、近頃郡山が鼻ヒゲを生やしたのはそのせゐなのである。
彼は熱療法の病院を退職すると、その次には浅草の安来節の座付作者になつて、まつたくどうも、かういふところにも脚本家などの必要があつたのかネ、私は知らなかつた。威勢のいゝ姐さんのために大いに情熱を傾けて脚本を書いてやつてゐた。
そのうちに戦争が白熱してきて安来節もダメになると、経済何とか研究所、名前はすごいが社長と郡山と二人しかゐないところで、これはつまり闇屋の品物をしかるべく取ついでやる機関なのである。
この先生はつまりまともな仕事が出来ない本性なので、病院へ務めるにも松沢病院などゝいふ当り前のところは気が向かない。座付作者になるにもインチキ・レビュウとくるとまだ少しまともすぎて、安来節とこないと、どうしてもをさまることが出来ない。闇屋なども当り前の商売だあらダメなので、闇屋の上前をはねる経済研究所とこないと務めることができないといふ因果な先生なのである。
愈々空襲が始まる頃になると経済研究所もその筋につぶされてしまひ、私が神田の本屋をひやかしてゐるとブラ/\向ふから歩いてくる郡山にぶつかり、ヤア、どうしてゐる? そこの産報本部につとめてゐるよ、と言ふので、私は日本はもうダメだと思つた。私はそれまで世の中のくはしいことは知らないが、内閣だの、情報局だの、大政翼賛会だの、みんなそれぞれ筋の正しいもので、産報といふところなどもさうだらうと思つてゐた。然し、郡山千冬が務めてゐるやうでは、これはもうマトモなところではない。浅草の裏道と同じ人生の裏道で、インチキな仕事をしてゐる事務所にきまつてゐるのである。日本の堕落こゝに至る、私が暗然として
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング