ら逆に廻つてきたのであつた。二人は直ちに新潟へ向つて出発した。
疲れきつた物憂いやうな微笑が、またもやまさ子に戻つてきた。海鳴りのとどろきわたる停車場で、茫然と汽車を待つことが苦しかつた。
汽車の速力の早まるにつれて、まさ子の顔から微笑の翳が消えていつた。顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》に薄く鋭い幾本かの筋が走り、苛立ちと焦慮があらはれ、さうして沈黙をまもりはじめた。草吉の存在を意識したばかりでも、苦痛のやうな動作をあらはす時があつた。汽車の窓に顔をあてて暮れかかる雪原を眺めてゐたが、その目に涙があふれてきた。
――憎まれなければならぬ。さうして、呪はれることが必要だ。すべて温いものの煩しさには悪魔さへ辟易するだらう、と草吉は自分に言つた。遥かな旅愁が流れかかつてくるのであつた。
草吉はとある停車場で地方新聞の夕刊を買ひもとめた。旅人の自殺も、事件のすくない田舎のことで、新聞は二段抜きに報じてゐた。報道の末尾まで読んでくると、悒鬱《ゆううつ》な、宿命的な文字が彼の目を暗くした。生命とりとめる見込、としるされてゐるのだつた。
彼はそれをまさ子に示した。まさ子はそれをどう読むだらう? 複雑な思ひはあるにしても、喜びを感じることは当然だつた。
然し草吉の心は暗かつた。生命とりとめる見込といふ、執拗な自殺常習者に果せられた残酷な皮肉も、呪ひの如きものを満した草吉の心にとつては、当太郎の身に起つた事情ではなく、彼自らのことのやうに思はれてゐた。こんな風にしていつまで生きつづけてしまふのだらう、こんな風にして! 汽車の進むにつれて、草吉の苦汁のやうな悒鬱は深まるばかりであつた。
底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「作品 第六巻第四号」
1935(昭和10)年4月1日発行
初出:「作品 第六巻第四号」
1935(昭和10)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2010年5月19日作成
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