て死ぬ気になつたんだらうね!」
 と、忍は忿怒に眼を輝やかせて、くひつくやうに言つた。口惜しさうな顔付だつた。忍が異常に亢奮してゐることは、部屋の片隅へ縮むやうに坐りこみ、ちやうど腕組みでもしてゐるやうな角張つた形をしながら、ちよつとした身動きも容易でない様子から、それと分るのであつた。さういふ忍自身は、ここ数年のあひだ屡々《しばしば》死にたい気持に襲はれながら、自分の死相には全く気付かないのだつた。
「便所なんて、汚らしいよ! 死んでごらん、ほんとに蛆虫がぶらさがつてゐるんと変りがないよ」
 忍はプン/\しながら叫んだ。
「死ぬにも便利だし綺麗な場所は方々にあるよ。全く気がきかないね、自分だつて臭くつて窮屈だらうにね」
「いいよ/\、お姉さんには分らないよ」
 弥生が突然泣きほろめいて叫びはじめた。
「お姉さんに死ぬ人の気持が分つてたまるもんか! あたしだつて便所の中で死なうと思つたことが、なんべんもあつたわ!」
 さういふと弥生は、ヒステリックな叫喚をあげて泣きだしてしまつた。
「いやだよ、便所の中、便所の中つて。野原のまんなかぢや死ねないもんかね!」
 忍はシュミーズの上へ外套をひつかけ、素足に靴をつつかけたまま、朝食も終らないうちに散歩にとびだしてしまつた。
 午すぎてから当太郎はめざめた。顔は激しく憔悴してゐたが、ふだんと変りない気楽な様子で、目覚めると間もなく帰つていつた。

[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]

 その翌日のことだつた。夕食の時間までは何事もなかつた。
 黝《くろ》ずんだ電燈の下で夕食も終ると、一日の心がやうやく帰つてきたやうな、遠い疲れと放心がわかるのだつた。すると、その時までは何の別状も見えなかつた弥生が、突然部屋の片隅ではりさけるやうに泣きだした。あまりにだしぬけなことであり、そのうへすさまじい泣声だつた。
「どうして藪さんは来てくれないの! こんなにあたしが待つてゐるのに!」
 と弥生は叫んだ。
 その時まではなんの涙やら皆目見当のつかなかつた草吉と忍は、その言葉でやうやくわけが分つてきた。弥生は当太郎の訪れを終日心ひそかに待ちわびてゐたのだ。夕食も終り、夜も落ち、どうやらその日は姿を見せさうもないと決まつてしまふと、たまらない気持になつたのだつた。然しかう判つてみても、この出来事は思ひもよらないものであつた。
 当太郎がは
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