誰かから、高利貸からででも、友人縁者からででも、借金されたことがあるであらうか。あれは良からぬことであるから、以後借金だけは堅く慎まれる方が宜しい。
なぜと言つて、第一、借金をして、返せなかつたらどうしますか。人は時々物を忘れるものだけれども、貸した金を忘れる人は却々《なかなか》居ないものであるし、忘れてもらうことを当にして金を借りるといふことは礼義の上からどうかと思ふ。借りた金といふものは返さなければ穏当を欠くものである。
だから適々《たまたま》借りた金が返せないとなつた時の不都合は凡そ愚劣で話にならない。貸した人の姿を見るとドキンとしてコソコソ姿を隠さなければならないし、寒中汗を流したり、一人前の発声器官を持ちながら吃つたりする。折悪しく風でもひけば悪夢の中まで借金取に追廻されて、玄関に人の跫音《あしおと》が聞えるたびに窒息し、腑甲斐ない親父を恨んでくれるな等と生れたばかりの赤ん坊にあやまつてゐる。忽ち身体を弱くして、早死してしまふのである。
貴殿のやうな高位顕官ともなればはしたない町人共のやうな惨めな慌て方はしないであらうが、さりとて貴殿の心境が借金取の来襲にビクともしない
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