立廻りの稽古。食うのと、立ち廻りと、寝ることのほかには何も考えない。
例の道案内の白拍子|念々《ねね》は腹をたてて、
「ねえ、アンタ。ここをどこだと思うんだい。特飲だよ。遊ぶ女がいるんだよ。料理ばかり食ってないで、たまには女にも手をつけなよ」
「女は、うまいか」
「それは、うまいよ」
「サシミにするのか。塩焼きにするのか」
「チェッ。バカだよ、このデブチンは。ほんとに女を食うつもりらしいね」
念々もサジを投げざるを得ない。
五郎は大磯ですっかり顔になってしまった。大磯ばかりではなく、五里も十里もはなれた宿の遊び場からも、面倒が起ると、五郎のところへとんできて、
「ねえ、五郎さん。たのみますよ。また悪侍の一味の奴が上りこんで」
「オレは事情があって一命が」
「よしてくれよ。こッちは真剣なんだから」
「イノシシを食わせるか」
「ああ、いいとも。二匹でも三匹でもゴチソーするよ。ついでに庭の松の木の場所をかえようと思ってるんだが、ちょッとひッこぬいてくんなよ」
なぞとしきりにお座敷がかかってくる。三年間こんな生活をしていた。五郎、大多忙、東海道の松の木や大石をどれぐらい引ッこぬいたり、
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