という子供はありません。母でも子でもない。ただいま勘当いたすから、心を入れかえて出家するまでは二度と母に顔を見せてはなりませんぞ。五郎時致なぞは野たれ死するがよい」
即坐に勘当されてしまった。
女難により居候失脚のこと
勘当の五郎を放っておくわけにいかないから、十郎は弟につきそって、親類を転々と居候して歩いた。
特に力になってくれる親類はと云えば、二人の姉が二宮太郎と結婚している。また叔母が三浦義澄と結婚している。その娘、つまり従妹が平六兵衛《へいろくびょうえ》と結婚している。これらはいずれも親身に力になってくれる人たちだ。
ところが十郎は学問のタシナミも深く、まことに品のよい好男子で、非常に女に好かれる。当時は豪傑万能、豪傑だらけの時代であるから、女の子が豪傑に食傷しているせいか、どこへ行っても十郎は大もて。その上、彼は少年時代から風情を解し人情風流をたしなむ素質があって、とかく事が起きがちだ。
たとえば平六兵衛の女房は十郎と一しょに育った従妹だが、その時分からもう関係ができていた。そうとは知らない平六が結婚を申しこみ、また曾我の太郎も気がつかないから、この結婚に許しを与える。女の方はおどろいた。まさか十郎は黙っていまい、親に打ちあけて何とかしてくれるだろうと思っていたのに、何もしない。ひそかに十郎に文をやってサイソクしたのに、返事もよこさず、あくまで知らんフリをしているので、泣く泣く平六と結婚したのである。結婚してからも、あなたのところへ逃げて行きたいという手紙をだしたが、これにも返事がこなかった。
そこへ居候にころがりこんだから、平六の女房は大喜びで下へもおかぬモテナシをしてくれるけれども、人のおらぬ物陰で、十郎はしきりに口説かれる。十郎も閉口して、
「明日ここを出ようじゃないか」
「こんなに待遇のよいうちを急にでる必要はないね。半年一年、ゆるりと滞在しようじゃないか」
「そんなに長居してはオレの命がなくなってしまう。実はこれこれの事情で、どうにも滞在ができなくなった」
「そういう事情なら仕方がないね」
翌日そこをでて、同じ村の三浦義澄方に居候する。ここは叔母の家だ。叔母だから大丈夫だと思っていたら、そうは参らなくなってしまった。
三浦義澄に片貝《かたかい》という侍女があったが、これが絶世の美女である。義澄はこれに手をつけたからその女房、つまり二人の叔母に当る人がヤキモチをやき、もめている最中であった。
兄弟が居候にころがりこんだので喜んだのは叔母である。三四日様子を見ると、片貝は十郎を見るとソワソワしたりパッと顔をそめるような様子。十郎もまたことさらモッタイぶった渋い顔になるのが曲者だ。叔母はさてこそと十郎を呼びよせて、
「片貝という侍女、絶世の美人とは思わないかい」
「仰有《おっしゃ》る通りのようで」
「お前もいつまでも独身でいるわけにはいかないが、あれほど美人なら女房にもって恥になることはない。結婚しなさい」
「ハア」
叔母が片貝をよんで胸中をきくと、彼女も大喜びで、当家にいて奥様に御迷惑おかけするのは辛いから、あのように立派な殿方と結婚できるならこの上の喜びはございません、という返事。そこで叔母は片貝を十郎にひき合せ、
「結婚と申しても主人の義澄は許してくれないにきまっているから、主人の留守を幸い、日を選び、手筈をきめて駈落ちしなさい。あとは私がよろしきようにして、曾我の姉にもレンラクするから」
「ハア」
また十郎は閉口した。女房をつれて居候もできず、さりとて五郎を一人放っとくのも不安だ。それに結婚は仇討にもグアイがわるい。そこで五郎に耳うちして、
「オイ、今夜、夜逃げしよう」
「またかい。うまい物をタラフクたべさせてくれるのに、夜逃げはしたくないね」
「実はこれこれの事情だ」
「フーン。またね。仕方がない」
その晩二人はそッと夜逃げした。ところが片貝が十郎と駈落ちするということが、他の侍女の口から義澄の家来の者にもれていた。義澄の留守の間に寵愛の女を駈落ちさせては主人に面白がたたないから、それとなく警戒していると、二人が夜逃げするから、ただちに一同の者を叩き起して、
「さっそく駈落ちしやがったぜ。追跡だ」
「それ」
二十人もの郎党が追跡して二人をとりかこんだ。
「主人の寵愛の女と駈落ちとは怪《け》しからん」
「駈落ちは致さん。ごらんの通り兄弟二人だけだ」
「どこかに隠しているのだろう。女を奪われては家来の面目がたたないから、尋常に勝負しよう」
「拙者はある事情があって命を大事にしなければならないから、平に御容赦ありたい」
十郎は一所懸命ペコペコあやまってる。五郎はムズムズして、
「エヘン。エヘン」
道ばたの百貫ほどもある大石の前へ歩みより、ユラリユラリとこじ起し、肩を
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