るい湯の温泉は、たいがい胃腸病と神経病にきく、というような極く有りふれた効能が書いてある。温泉が精神病にきくということは外国でも昔から言い伝えのあったものであるが、ぬるい湯にジッとつかっていれば精神が鎮静する。誰にでも目に見えて分ることだから、そういう効能がどこの国でも昔から言われていたのは当然であろう。
 私はぬる湯が好きだから、ぬるい湯の温泉を好む。昔は旅費らしいものも持たなかったから、近在の百姓だけが湯治にくるような都会人の知らない温泉を選んで行くのであるが、するとそこが頭の病気にきく温泉で、頭の怪しい人物をかこんでその一家が各室を占めている。どこの部屋でも、その家族の一人に頭の怪しい人物がいるという風景に何回もでくわしたものである。実に日本の農村には頭の怪しい人物が多いものだということをシミジミ味わされたのである。精神病院へ行ってみてもそうである。農村だの漁村からの患者が多い。病院だの湯治に行かない患者の数は更に多いであろうと思われるのである。
 神経衰弱は現代だけの物ではないのだ。モノノケだの神様だのが根強く信じられていた大昔には、人間の悩みの種は今よりも少いということは決し
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