屋のある大店だ。通いでも住み込みでも三度の食事は店でたべて衣裳ももらって給料は五千円。ほかにチップがあるから一万円ぐらいになるそうだ。とにかく人間は貧乏じゃアいけねえ。金をもうける工夫をして、そのまた上にも工夫をして着々ともうけなくちゃアいけねえな。そうだろう」
「子供の世話を見ることができないじゃないか」
「それはオレがみるとしよう」
「じゃアお前さんは働かないつもりかい」
「イヤ。そうじゃない。子供の面倒を見ながら内職をやる。お前の内職は、なんだ」
「目の前でやってるじゃないか。針仕事だよ」
「そういうこまかいものはいけない。オレの考えでは、子供をつれて川なぞへ行って、魚をつる。ヤマメやアユならいい金になる。雨がふっても、アブレるときまったものではない」
「私が働いて一万円になる口があるなら結構な話だけどさ。大の男がウチでブラブラして子供の食べ物や小便の面倒まで見るのはあさましい図だよ。ニコヨンでもお前さんが働いてる方が世間の人にもテイサイがいいよ」
「お前が働いてなにがしの資本ができてしかる後にオレが商売でもはじめるようになればテイサイは立派なものだ。テイサイてえものは後々の物だ
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