もなってきた山田虎二郎という当年三十八のいいオッサンなのである。むろん女房もあって、六ツと三ツの子供もある。
 これに凝りだして以来、宿六は夜業を怠る。朝もおそく、主として女房に支那ソバをうたせて彼はせいぜい売って歩くぐらいが仕事だ。売る方だけは一日も欠かさないのは出先で新聞をよませてもらう必要があるからで、よほどの暴風雨でない限り休まない。製造は女房、販売は宿六と定まっては女房の骨折りが大変であるが、女房に割がわるいのは日本に生れた因果であるし、紙代と切手代だけのことだから、パチンコに凝られるよりはマシだと思って女房も我慢してきた。
 ところが近来商売が次第にふるわなくなった。宿六の投書熱のせいではなく、小資本の悲劇であるが、機械製の支那ソバが大量にでまわるようになって、その方が安いから売れなくなったのである。中には手打ちの支那ソバはさすがに味が別だと云ってヒイキにしてくれる店もあるが、そういう店に限って日に十ぐらいしかでない喫茶店なぞで、大口は味より安値でみんな機械製の方へ転向してしまったから日に三十ぐらいがせいぜいということになってしまった。ドンブリの支那ソバ三十とちがってただの
前へ 次へ
全22ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング