た。東京とちがって交通の便が乏しいからだ。それでも深夜の一時に料理店の近所へとまるバスがあった。
東京を十時に出発したバスだ。これがお竹を自分の町まで二十分ぐらいで運んでくれる。これに乗りおくれる心配はないが、この一ツ前の十一時発にはよく乗りおくれた。すると二時間ちかい穴ができる。これがよくなかった。
同じ方向へお竹と一しょに同じバスで帰る仲間が二人あった。セツは戦争未亡人の大年増であるし、ヤスはお竹と同い年の近年夫婦別れしたヤモメであった。だいたいここの仲居に若い娘は少ないのである。
セツとヤスはバスに乗りおくれるとナジミの客をさがしたり呼びだしたりして一時のバスまで小料理屋なぞで一パイおごらせる。場合によってはネンゴロになりすぎてバスにのらずにお客と消え失せてしまうようなことが少くないタチで、一しょにつきあってたお竹は一人とり残されたり他のお客にしつこく口説かれたりすることが度重なった。
「なにさ。私には主人がありますなんてタンカをきるのも程々にしなさいよ。なにが主人よ。あんなデコボコ。女房を働かせて自分はウチにゴロゴロしてさ。原稿用紙睨んでるのはいいけれど、小説でも書いてん
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