から夜更けまで余念もなく人生案内の投書をアレコレと思い悩み書き悩んでいる。
 おまけに近来鼻下にチョビヒゲをたくわえるに至った。
 パチンコに凝るとか競輪に凝るというのもこれも始末にこまるであろうが津々浦々に同類があまたあってその人間的意義を疑られるには至らないが、当年三十八の人生案内狂、ついにチョビヒゲを生やすという存在はいかにも奇怪だ。
 二人の子供を抱え、無一物の中であせらず慌てず人生案内に没頭しているバカらしさ薄汚さ、どうにも次第に薄気味わるくなるばかりで、わが家に近づいてシキイをまたごうとするとゾオッと寒気がする。
 雑種の犬か青大将が義理立てするばかりとはまことに名言で、お竹も内々甚しく同感せざるを得なかった。なにもこう得意になってウチの亭主がとか云ってるわけではない。有るものを無いとも云えずウチに宿六が待ってるからと云っただけの話だ。ヤスやセツに非難されてみると、なんとなく解放感を覚えた。
「誰に自慢できる宿六でもないけれど、行きがかりだからやむをえないわよ。私もちかごろ宿六の生やしはじめた鼻下のチョビヒゲを見ると胸騒ぎがしてね。カアッと頭へ血が上ったりグッと引いたりするのよ。これにこりたから、今度の彼氏はギンミするわよ」
 お竹もすっかり人間が変った。
 怠け者の亭主をもって苦労した女が働きにでて陽気でゼイタクな世界に身を入れたが最後、再び暗い自分の巣へ戻れなくなるのが自然である。亭主たるものドン底の貧乏ぐらしをした際には決して女房を働きにだしてはならぬ。
 貧乏すればするほど自分一人が歯をくいしばって働きぬいて女房子供を守るべきものだ。女房を働かせるのは生活の楽な人が生活を豊富にするためにやるべきことで、貧乏ぐらしのセッパつまった必要から女房を働きにだせば、女房が暗黒な家庭へ再び戻れなくなるのは弱い人間の悲しい定めとすら見てもよい。
 家政婦や何かならまだしも、仲居とか女給とかドンチャン騒ぎの陽気な世界へ身を置けば自分がでてきた元の巣が見るに堪えず居るに堪えなくなるのは自然の情だ。着かざってみがいてみると、お竹はどことなくチャーミングで男の心をそそる情感が豊富であるから、言い寄る男も少くなかったが、今度はギンミしなければならぬと考えているから浮気男の口車にはなかなかのらない。
 矢沢という織物屋の旦那が浮気心からではなくて真剣に惚れぬいて言いよるのが尋常ではなくクタクタになってるオモムキがあるから、これぐらいなら安心できるなと考えた。そこで矢沢を秘密の旦那に契約して身をまかせたのである。
 矢沢も毎晩女とアイビキして外泊できる身分ではないから、はじめは、彼女を自家用車で送ってくれたりしたが、お竹の方は次第に大胆になって、矢沢が帰ってもお竹は朝まで温泉マークでねこんでしまうようになった。そこで虎二郎も次第に女房の素行を疑るようになったのである。

          ★

 だんだん調べてみると織物屋の旦那がついたらしいと分ったから虎二郎はお竹を二ツ三ツぶん殴って、
「ヤイ、間男しやがったな。亭主の顔に泥をぬるとは何事だ」
「泥がぬれたらぬたくッてやりたいよ。どれぐらい人助けになるか分りゃしない。お前の顔を見ると胸騒ぎがしたり虫がおきるという人がたくさんいるんだよ。私はね、広い世間へでてみて、お前のようなバカな男がこの世に二人といないことが分ったんだよ。私は今までだまされていたんだ。畜生め! 人間のフリをしやがって。お前なんか人間じゃアねえや。雑種の犬か青大将とつきあって義理立てしてもらえやいいんだ。出来そこないのズクニューめ。他のオタマジャクシだってオカへあがってジャンパーを着るとお前より立派に見えらア。間男なんて聞いた風なことを云うない。人間のフリをするない。さッさと正体現してドブの中へもぐってしまえ」
「キサマ、オレをミミズとまちがえてやがるな。ミミズが兵隊になって支那へ戦争にでかけられると思うか。ミミズに支那ソバが造れるはずはねえや。こうしてくれる」
「ぶったな。もうお前なんかの顔を二度と見るものか」
 そのまま家をとびだしてしまった。
 虎二郎も、こまった。腹は立つが子供を二人のこされて、おまけに五千円の金がはいらなくなると、その日から生活にこまる。甚だ残念だが手をついて、あやまって、戻ってもらわないわけにいかない。また新しくお竹の身にそなわりはじめた色香にもミレンは数々ありすぎる。
 虎二郎は二人の子供をつれて料理店を訪ね、会わないというお竹にまげて会ってもらって、
「先日は手荒なことをして、まことにすまない。二人も子がある仲で子供をおいてお前にでてゆかれてはオレも死んでしまうほかに仕様がない。どうか戻ってくれ」
「お前さんがそんな風だから私はイヤなんだ。子供を三人も四人もかかえながら働いて子供を育
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