ころを、僕が発見して、未然にふせぐことができた。発作の起きた時でなければ、外貌から患者の判断はできない。可愛らしい娘であるから、女房は患者の妹か何かと思い、全然怪しんでいなかった。
はじめの三回ぐらいの見物は、大変疲れた。視覚の恢復が充分でないので、タマが良く見えず、ネット裏にいながら、ファウルがひどく気にかゝった。ネット裏だから心配はないようなものだが、視覚が不確実であるから、どうにも怯えて仕方がない。他人のことも気にかゝる。一塁や三塁よりへファウルがとびこんでも、人のことが気にかかって仕方がない。しまいには、見物人の中へライナー性のファウルを叩きこんで、平気でゲームをつゞけている選手や役員どもが癪にさわったりした。尤も、恩人内村大投手も、ここの最高顧問の由である。こういう次第で、はじめの三日間ぐらいは、ゲームをたのしむよりもファウルに怯える方が主であった。
然し、二週間の野球見物を通観して、ゲームをたのしんだかと云うと、実際はたのしくなかった。精神病院の一室にいるよりはマシであったということゝ、後楽園以外に手近かな健全遊楽地帯がなかったというだけのことである。
この二週間の野球見物から得た新知識としては、日本は風が強い、ということが先ず第一であった。砂煙のあがるたびに審判がタイムを宣告する。これが毎々のことである。
僕も往年は陸上競技の選手であり、雀百までのタトエで、国際競技などは欠さず見物に行ったものだが、陸上競技場は石炭ガラがしいてあるから砂煙のたたない仕組みになっている。尤も、日本は風速がはげしいために記録が公認されないことが多いのは衆知のことだが、後楽園へ通ってみると、なるほど日本は風の国、砂煙の国という感がする。テニス式にアンツーカ野球場というのは滑りこみが出来なくてダメであろうが、だいたいに於て夜になると風がなぐような形勢であるから、いずれは夜間野球ということを主として考えるのがよろしいように思った。僕個人に関する限り、あの砂煙のあるうちは、もう後楽園へ行きたいとは思わない。
日本野球の各チームは、各自白いユニホームと黒味がかったユニホームを二つ持ち、一方が黒を着る時は、一方が白のユニホームという仕掛になっているのだそうだが、黒味がかったユニホームは色々の装飾物があって、いかにも職業野球らしい雰囲気を現してくれるが、白の方がよろしくない。白
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