きいていた日野クンがそのとき口をはさんだ。
「チョイト。安福軒さん」
「アレ。ナレナレしいね、この人は」
「彼女をボクに貸して下さるなら、ボクが入院の手数や費用をはぶいてあげますけど」
「オヤ、面白いことを云いますね。後の始末を私に押しつけないという証文をいれさえすれば、話をきかないこともありませんよ。失礼ですが、あなた、貯金はいくらお持ちですか」
「これは恐れ入ります。税務署の手前、ちょッと金額を申上げるわけには参りませんが、ボクも呉服屋の手代という堅い商売をやってる者ですから、まちがっても、あなたに御損はおかけ致しません。その代りと致しまして、旦那との関係を清算し、爾今旦那らしい顔をしないという一札をいれていただきたいと思いますが」
 安福軒は面白そうに日野クンの顔を観察していたが、この日野クンという人は当年三十歳。呉服屋の手代とはいえギャバジンの洋服をリュウと着こなして、見るからに少し足りないアプレ型である。いくらかシボレそうだと考えた。
「あなたもお察しと思うが、あれだけの美形を手放すからにはタダというわけには参らないが、ま、そのへんで飯をくってゆっくり話をいたしましょうか」

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