風に?」
「火の近くへ寄ったぐらいジーッと熱くなるよ」
「十人のうち、三人ぐらい、そんなことを云うのが現れますよ。光が何本もスーッとさしこんだのが分ったという人も十人に一人は現れますね。光がスーッとさしこむ感じの方は、どうですか?」
「君は信者のフリをしてお金をもうけて、そして自分だけ利巧者のツモリでいるらしいが、本当に信心していくらかでも実効を得ている方がもっと利巧だということが分らないらしいな」
「あなたは実効を得てますか」
「アンマの代りに用いて実効を得てるよ」
「言い訳だね。アンマの代りというのが、ミミッチイですよ。アンマの代りぐらいだったら、他に実効を得る方法は少くないでしょう。宗教の実効はもっと全的なものでなくちゃア、ウソですな。ねえ、大巻先生。そうでしょう。川野先生はどこかでウソをついてますよ。あなたはたぶん、全然信心していないんだと思いますよ。ただ霊験があるように信じたがっているだけですよ」
 安福軒は自信にみちたフテブテしい目で遠慮なく川野を見つめた。
 大巻先生は自分がはじめて彼女の旅館へ案内されたときに、安福軒が終始このような自信にみちた目をしていたのを思いだしていた。いわばこの目が阿二羅教発祥の目だ。なぜだか、そんな風に考えられるのであった。
 しかし、安福軒はその自信にみちたフテブテしい目で相手を遠慮なく見つめながら、あなたは信心がないのだ、ただ霊験アラタカのように信じたがっているだけだ、と教団を裏切る放言を吐いているのだ。
 安福軒とは妙な奴だな、と大巻先生は考えた。ひょッとすると、小説家の川野よりももっと鋭く、もっと冷酷に、現実を、そして自分を見つめているのではあるまいか?
 人間はせいぜい小説家程度にしか現実を見ていない。ところが安福軒はもっと掘り下げて現実を見ているのかも知れない。自分の二号にインバイさせていたような冷酷さで。その冷酷さは、人間というものを物的に見たり扱うことになれている大巻先生にはなじめないことでもなかった。
「イヤな奴ではあるが、この冷酷さを憎みきることもできない」
 大巻先生はこう結論した。そして、ともかく阿二羅教を見学したいという慾望がハッキリと高まったのである。
「ボクを教祖と管長に会わせてくれないかね」
 と彼は安福軒にたのんだ。
「よろしいですとも、先方は大喜びですよ。教団のパンフレットには、まず大巻先生が教祖の神性を認めた、ということをチャンと書いているんですからね。歓迎しますぜ。川野先生も、いかがですか。この機会に、もう一度、彼女の手から放射される熱を実験してごらんなさい」
「しかし、今日は行事のある日だろう」
「教祖と管長は一時間足らず顔を見せればあとは用がないのです。忙しいのは他の幹部と信者だけで、こういう日の方が、かえって誰にも邪魔されずにゆっくり教祖や管長と会見することができるのですよ」
 安福軒は宿屋の客引きのように自信マンマンと説明した。そこで川野水太郎も同行することになったのである。

     神サマの実力

 むかしさる富豪の別荘だった大邸宅が阿二羅教の本部になっていた。
 母屋の方では階下も二階も信者でごったがえしていたが、裏の離れは特別の幹部以外は立入ることができず、真昼というのに無気味なほどヒッソリしていた。
 この入口までくると、もう安福軒すらも立ち入ることができない。他の幹部が代って二人を中へみちびいてくれる。
「じゃアお帰りに待ってますぜ」
 そう呟くと、安福軒はあとは素知らぬ顔、にわかに生マジメに合掌瞑目、奥なる教祖に礼拝をささげて引返した。
 まず書院で、管長に会う。リュウとしたギャバジンの洋服のオモカゲどこへやら。頭を青々とクリクリ坊主にまるめ、略式の法衣のような特別なものを着ている。むしろこの方がどれぐらい呉服屋の手代らしいか分らないほどだ。手代らしからぬのは、たぶん高価なものに相違ない香水の匂いが彼の身にたちこめていることであった。
「ずいぶんいい匂いですね。なんの匂いですか」
 と川野がフシギそうに訊ねると、管長はいと気楽にニコニコと答えた。
「フランスのちょッとした香水です。この前、先生がいらした時、まだこれつけてませんでしたかしら」
「前にボクが来た時は酔ってたし、もう半年以上になりますね。この本部へ移ってからは来たことがありませんよ」
 日野クンは青々と光りかがやく頭を二人に突きだしてみせて、
「とにかく、ボクも管長でしょう。教祖とちがってボクには身に具わる霊の力もないものですから、外形なぞで苦労するんです。この頭なぞも毎日バリカンを当てて、フケ一ツないようにゴシゴシこすって――ヌカブクロでやるんです。オカラを用いたこともありますし、信者が届けてくれたのでウグイスの糞を用いたこともありますが、主としてヌカブクロで
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