一突き二突き三突きして、
「エイヤッ。エイヤッ。エイヤッ」
 と絶叫するのである。
「これはなんの行事ですね」
「なんでもいいですよ、こんなことは。逆立ちでも何でもするがいいさ。そんなことよりも、ほら、すぐそこに知った顔が見えませんか」
 こう云われて、二人がその場所を見ると、そこに坐って無念無想の如くに呪文を唱え腕をふりまわしているのは川野水太郎の奥さんだ。それを見ると川野はちょッと暗い顔をしたが、大急ぎで笑い顔にきりかえて、
「変なことが、はやるよ」
「え、オイ、キミ」
 大巻先生が慌てたように安福軒の袖をひいた。
「そこにいる婆さんは、例の旅館にいた婆さんじゃないか」
「そうですよ。あのヤリテ婆アのような奴ですよ。そして、その隣にいるのが、ボクの本当の女房ですよ」
 安福軒は落着き払って、そう答えた。おとなしそうな年増が七ツぐらいの子供をつれて坐ってる。子供にも合掌させ、エイヤッ、エイヤッをやらせているのである。
「あのコブつきが君の奥さんかい?」
「そうですよ。なんしろわが家はこの宗教で暮しを立てていますから、女は正直なものですよ。バカなんですな。ヒマがありすぎるんですよ。ボクを信仰してさえいりゃ間に合うのにね」
「帰ろう。帰ろう」
 川野が二人をうながした。
 大巻博士は川野と安福軒のフシギな対照をハッキリ認めないわけにいかなかった。川野は落着きがないのに、安福軒は糞落着きに落着き払っている。
 安福軒が二人に話しかけないのは、宗教について談ずることに興味をもたないせいだ、ということがハッキリ読みとれるようであった。
 二人の俗物どもがまだ宗教のフンイキからぬけきれずに、そしてまだほかのことが落着いて考えられないような状態の中にいる。その最中は二人に話しかけてもムダだと断定しきっている落着きである。
「なんてフテブテしい宗教への不信だろうか。この男は全然宗教に心をうごかされたことがない人間だ」
 大巻博士はこうシミジミと痛感した。そして彼の自信マンマンたるフテブテしい目は、宗教を信じたことのない人間の目ではないかと考えた。
「オレにもその目がなつかしくないことはない。しかし、そこまでは、ついて行く気がしないな。要するに、二号にインバイをやらせる奴の目なんだろう」
 そして彼は安福軒と一しょにいるのがイマイマしくてたまらなくなった。そこで曲り角へ来たのを幸い
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