があってシンから落着き払った様子であったが、神サマのお供にウキミをやつして悪事と縁が切れたせいか、むしろイライラと落着きがない。してみると、神サマにはよほどの威力があるもののように考えられた。
掌の放射熱
「君が安福軒のインバイ宿へ泊ったのが阿二羅教発祥の縁起だそうじゃないか。昭和宗教史に特筆すべき一大情事だね」
と川野水太郎はイヤなことを云って大巻先生をひやかした。そこで大巻先生はいささか気を悪くして、
「君は教祖を信心してるのかい。それとも軽蔑してるのかい」
「むろん信心してるのさ。あの夫人にはたしかに妙な霊力があるし、それに管長が弱年に似ず商売熱心なんだね。教祖が直々患者を診察するのは一度だけで、あとは管長その他が代診するらしいが、ボクの娘の場合で云うと、治るまで管長が毎日欠かさず水ゴリとりにきてくれたぜ。冬のさなかにハダカでバケツの水を何バイも何バイも浴びるのさ。そんなこと、安福軒にはできやしないよ。コイツ怠け者で女にインバイさせてケチな稼ぎをやらせることしか能がないから、女に逃げられて、カンジンな大モウケをフイにするのさ。近ごろ毎日メソメソ泣き言ばかり並べてやがる」
「なに云ってますか。水ゴリまでとってアクセクかせぐことはないですよ。教祖管長その他に奮闘努力してもらって、ちょッと手を合せて拝むだけで然るべきアブク銭にありつくことができる商売は悪くないですよ」
「君も教祖を持薬に用いているそうだが」
大巻先生がこう川野にきくと、川野はもっともらしくうなずいて、
「頭痛、肩の凝り、フツカヨイなぞによく利くよ。教祖の指圧がよく利くのだが、出張してもらうわけにいかないから、弟子に来てもんでもらうが、アンマにくらべるとたしかによい。アズキを袋につめたものでゴシゴシやったり、一時に三人がかりでもんでみたり、頭や背中をゴムの棒で叩いたり、いろいろと工夫している。これは弟子のやり方だね。教祖はそんなことはしない。掌の霊力の放射で治す。手をジッとかざすと、そこが焼けるように熱くなるね。その手が背中に吸いついて放れないこともある。手が放れた時にはスーと軽くなるのだよ。イヤ、本当です。ボクは阿二羅教の宣伝なぞする必要はないから、自分の経験を云ってるだけだ。たしかに利きますよ。君もなんならやってもらいたまえ」
安福軒が傍でニヤリと笑い、
「熱くなるって、どんな
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