にあくまでエチケットをつくす志。凛々しくも涙ぐましい天晴《あっぱ》れ、けなげな振舞い。
 代って純情娘の日本代表、乙羽信子嬢に、これ又、単刀直入。これは甚しく正直だ。
「ええ、とても、苦しいのです」
 困りきった笑顔が可憐そのものである。
「今後も空の旅を利用なさいますか」
「こう苦しくては、ちょッと……」
 これは又、爽やかなほど正直である。表裏一体をなし、さすがに日本娘の両代表だけの事はある。
 しかし誰よりも音をあげたのは福田画伯であった
「僕はですね。ヘタな飛行家よりも飛行時間が多いですよ。しかしこんな苦しい旅は始めてだ。大型機のせいですよ」
 結論、簡単をきわめる。実際は旋回廿分の東京見物が悪かったようだ。
 酔わない人物、ただ一人。巨人軍の青田君。彼は特攻隊の飛行士だったそうだ。飛行時間二百時間の由、テレながら答える。腕に自信がないらしい。しかし僕のために説明の労をとり、空からの観察の良き指南役であった。今の高度三千六百ぐらい。青田君は教えてくれる。読売の人、計器を見て戻り、
「青田君の目測、ピタリですよ」
 と、呆れた顔で私にささやく。
 三原山の上空をとぶ。火口をかこんで砂漠がクッキリと、二ツの色と形が美しく面白い。西洋菓子のよう。砂漠の西方へ三本半の真ッ黒い溶岩の流出が見える。もう煙はない。富士が見える。頭だけ雪。平凡な富士だ。真上をとぶと面白い形であろうが、沖合遥かに見れば地上から見るのと同じ形の富士である。天城を越える。三原山のように砂漠がないから、冬の山々はたゞ単色のヒダが無限にひろがっているだけ、真上からでは下の山々にはヒダだけで高さが存在しない。
 静岡、清水をすぎて雲海の上へでる。青空の深さ。太陽の白光の強烈なきらめき。熱気が顔にやきつく。高度四千二百。これより動揺皆無。
 カクテル・パーテーがはじまる、エアガールがニコニコと往復多忙である。スカアチ・ソーダ(スコッチ・ハイボール)の氷の冷めたさが沁みるようだ。にわかに吐き気が治って、酒の酔いとなる。死人が墓石を倒して踊り出たようなものだ。奈良から晴れた空を急降下、伊丹飛行場につく。耳を痛がる人が多い。急に増圧のせいだ。着陸卅分後まだ耳が聞えないとこぼす人もいる。私は潜水になれたせいか、全く耳に変化を感じなかった。
 岸田兵庫県知事、ミス大阪等出迎え多勢である。伊丹ときいて、福田画伯と私
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