けられずそのままになっているのを見届けたから、これをまきあげようと考えたのだ。その方法は簡単だ。後閑サンを殺してしまえばよろしいのだ。かほどの秘密の品だから多くの人が荷物のことを知っているはずはない。表向きは立派に吉田八十松から吉田八十松へ送った荷物なのだから、後閑サンを殺してしまえば、あとは簡単だ。明日の実験に用いるための道具がはいっているのだが、もうその用がなくなったからと持ちだして、駅から送りだしてしまえばすむのさ。そこでこの日の実験はもっぱら後閑サンを殺すための都合だけで道具立てをしたのだね。下へジュウタンを二重にしいた。跫音《あしおと》を殺すためだ。彼の持参のレコードのうち最も音の高いユーモレスクの曲を選んだり、鉄丸とガラガラを仕掛けたり、後閑サンにレコード係りをたのんだりね。殺しの準備は満点だ。奴めは自由に歩きまわることができるし、後閑サンの近くに来ていながら鉄丸とガラガラを中央へんへ落して自分の位置をごまかすことが完全にできるのだから後閑サンも助からない。ガラガラが鳴りだす。レコードの音を目当てに後閑サンの後へまわり、気配によって充分に狙い定めて一突きに刺し殺した。八十松だけはガラガラが長く鳴りつづくことを知ってるのだから狙い定めて仕事を果すだけの落着きもあったわけだね。死体のかたわらへサヤを落して、あとは手なれた暗闇の曲芸をやればよかったのだ。かほどの八十松もこの成功になれてか、糸子サンと女中を襲って殴られたり、また例の荷物を発送するのを急いだりして、怪しまれるようなへマをやってしまった。このへマがなければ奴はつかまらなかったね。身替りにつかまるのは辰男君だったかも知れないよ。危いところさ。私も一時は辰男君以外に犯人はないように思ったことがあるほどなんだから」
「で、荷物の内容は何だったんです」
「さ、それなんだよ。終戦の前後に後閑サンは大和にいたらしいね」
「ええ、京都奈良が焼け残っていましたからあちらで商売していました」
「大和で盗みだした支那の古仏だそうだ。誰かが支那から持ち帰った逸品でね、支那でも国宝中の国宝というべき絶品だそうだよ。それがね。頭や、首輪や腕輪や目やオッパイや足輪なぞに古今無類の宝石をはめこんでいて、時価何十億か見当もつかないものだそうだ。等身大六尺ぐらいの仏像だったんだよ」
九太夫はホッと溜息をもらしたが、糸子サンはカラカラ笑って、
「仏像を盗みだすなんて、父にしては出来すぎてるわね。呆れたインチキ詩人だ!」
と云って、舌をだした。
底本:「坂口安吾全集 15」筑摩書房
1999(平成11)年10月20日初版第1刷発行
底本の親本:「別冊小説新潮 第八巻第一四号(創作二十二人集)」
1954(昭和29)年10月15日発行
初出:「別冊小説新潮 第八巻第一四号(創作二十二人集)」
1954(昭和29)年10月15日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※図版は、底本のものを模して、かきおこしました。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2010年2月5日作成
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