前面へ戻るのと後へ戻るのでは割がちがう。後の方はいい加減のところで間に合わせて折を見てなんとでもすることができる。前方の人々は後に目があるわけではない。おまけにミドリは着物であった。ミドリの位置からではむしろ前方の隅をまわると仕事は楽なのだが、心霊術とは何物か、その正体を知らないものが術の行われている前方をまわることができるはずはない。これも容疑者から消してよかろう。
結局、茂手木と糸子と辰男である。糸子はしょッちゅう出入していた。電燈を消したのも、つけたのも、事件発覚後電話をかけに部屋をでた唯一の人物も糸子であった。糸子は八頭身ぐらいの立派な身体で、相当に腕力もありそうだから、ツカも通れと短剣を刺しこむことが必ずしも不可能とは云えない。電燈を消して戻ってくるとき隠しておいた短剣を持ちこむこともできたはずだ。電燈をつけに出たとき、電話をかけに出たとき証拠の品を隠すこともできる機会にめぐまれている唯一の人物なのである。糸子の位置が殺して戻るに最も有利で、一同の後へ戻ればよいのだから、そしてその間に人の介在が皆無なのだから、彼女の場合戻り道でしくじる危険は全くなしと断じてよい。有力な容疑
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