こと、むろん一言も仰有る道理がありません。なんしろ初対面でしてな。

  辰男の証言
 ――年齢は
 ――三十一年五ヶ月です
 ――お前は父を憎んでいたそうだな
 ――大ざっぱに分類すれば、好きな父ではありませんが、憎むといっては言いすぎじゃアありませんか
 ――何億の財産がころがりこんで、うれしいだろうな
 ――それは悪い気持じゃありませんよ
 ――素直に白状してしまえ。みんな判っているのだ
 ――何が判ってるんです。ぼくが殺したと仰有るのですか。証拠があったら見せて下さい
 ――いまに見せてやる。時にお前はどっちを廻って行ったのだ。糸子のうしろの方だな
 ――ぼくは動きませんよ
 ――ミドリはお前が立ち去る気配に気づいたと言っておるよ
 ――冗談でしょう
 ――糸子も同じように証言をしている。かたわらを通りすぎたのは子供のような感じだったと云ってるぞ
 ――暗闇のことが判るものですか
 ――暗闇だからバレるはずがないと思っているのだ
 ――考えてみて下さい。父を殺さなくッたッて、やがて父が死んだあかつきは財産はぼくの物ではありませんか。わざわざ殺す必要があるものですか
 ――ビルマ
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