犯人の心当りですか。それがとんと分らぬのです。注意はもっぱら心霊術の方に吸いとられておりますし、吉田八十松さんがあれだけ歩きまわっても音のしないように仕掛けたジュウタンですから、忍び足の犯人の気配が分るものではありません。それが判るぐらいなら心霊術の縄ぬけの手品がすぐ判る道理じゃありませんか。見物人には吉田八十松さんが縄ぬけして前の方まで歩いてきて手品の数々をやっているとは気がつかないのですからね。事件発覚後の各人の挙動についてですか。左様ですね。各人一様に茫然たる有様という以外に特別の不審の者はおりませんでしたね。警察へ電話をかけに糸子さんが外へでました。しかし他の者一同はいましめあいました。警官の到着まで外へでた者はありませんでした。誰しも疑られるのはイヤですから、外へ出たいと云った者もおりません。そうこうしているところへ、吉田八十松さんが仕方なく自分で縄をといて出てきました。あの人にしてみれば自分で縄ぬけできるのを人に知られたくないわけですが、様子が判ってみればいつまでもボックスに鎮坐していられなくなったのでしょう。もっとも、殺人どこ吹く風というように、手首をもんでいるばかり、一
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