ぱらその本拠ないし同類の邸内でやる時で、見知らぬ出張先ではこれほどのことはやらない。むしろ、やれないのである。なぜなら本拠や同類の家とちがって、見知らぬ依頼者の家ではいろいろと仕掛けを改められる怖れがあるからだ。
その代り、このように暗幕のトーチカをつくれば、相当の荒芸がやれる。たとえばユーレイをだすこともできるし、テーブルやピアノなぞを空中へ浮きあがらせることもできる。しかしそれにはそれだけの仕掛けがいるから、改められればバレるのである。
部屋の中央にまるいテーブルがあった。しかし術者はそのテーブルに坐るのではなく、床の間とならんでボックスがあるのだ。そのボックスは後と左右の三面と上下が板張りになっており、客席に向いた正面だけが暗幕のカーテンになっている。その中にイスがあった。術者はそのイスに坐すのであろう。一般にイスに坐して手足を縛りつけるのが例である。この縄をぬけるのは簡単だ。九太夫は十秒前後でできるのである。まるいテーブルの上にはメガホンやハモニカや人形やラッパや土ビンや茶ワンなぞがのせられていた。
「このジュウタンも吉田八十松さんがわざわざ持ってきたのですか」
九太夫はフシギに思って辰男にきくと、
「いいえ、このジュウタンは当家のものです。暗幕と箱とイスとテーブルの上の物品とが術師の物です」
「テーブルは?」
「あれも当家の物です」
テーブルの側面にポータブルがおかれている。それも術師のポータブルであった。術に入る前後に音楽をかけるのである。
すると中央のテーブルにだけは仕掛けがない。九太夫は術師の姿が見える前にその重さをはかってみた。かなり怪力の九太夫が辛うじて両手で持ち上げる重さであるから、ガタガタうごかすぐらいが関の山であろう。
仙七と吉田八十松が現れて席についた。するとその後から糸子がアタフタ現れて、
「ワー。間に合った。ちかごろ土曜日が忙しくッてね。あッちこッちの坊やから誘いがかかるし。ヤレ、ヤレ」
ドッコイショと坐った。見るとすでに吉田八十松はボックスの中のイスにかけ、仙七が手首を縄でいましめ、イスにくくりつけた。足には縄をかけなかった。
「念のため、見においで」
仙七の言葉に辰男と糸子が立ってたしかめたが、辰男は自分でもう一巻余分にイスにまきつけた。そしてカーテンをおろし、
「あんまりきつい方じゃないが、まアまア」
と感服しない顔でもどる。すると仙七はすでにちゃんとポータブルを前に坐っていて、
「術の前後に音楽をならす。術者はこの音楽中に徐々に術の状態に入り、また音楽中に徐々に術の状態からさめる習いになっておる。音楽をならす場合を心得てるのは私だけだから、これを私がやる。曲はユーモレスクだ。誰か電燈を消しなさい。タバコを御遠慮を願う」
そのために灰皿の用意もなかったのだ。タバコを吸ってる者が慌ててタバコの箱で火をすり消したりしているうちに、糸子が立って電燈のスイッチをひねった。仙七がよその座敷や廊下の電燈を消しておいたので一瞬にして真の闇になってしまった。テーブル上の夜光塗料をぬった品物だけが浮いて見える。
「オーウ」
という遠い山のフクロウのような声がきこえた。はじめて発した吉田八十松の声なのである。するとそれにつづいてポータブルが廻りはじめた。あまりその場にふさわしくないややカン高の音楽であった。
その音楽が終りの方に近づいた一瞬、九太夫にとっては思いがけないことが起った。テーブルの向う側にドーンと重い何かが落下したからである。テーブルの上のものではない。それはそのまままだ動いたものがないからである。かなりの重みの鉄のタマのようなものらしく[#「らしく」に傍点]ドーンと落ちてころがったようだ。つづいて、
「キキキキキ、ガガガガガ、ガンガンガン」
しッきりなしに不快きわまる大音を発するものがテーブルの向う側を動きまわりはじめた。これもテーブルの上のものではない。目に見えないものだ。何か子供のオモチャのたぐいであろうか。しかしオモチャの金属質の高音をさらに何倍もけたたましくしたようなもので、怪物どもの泣き声とも笑い声とも怒り声ともとれるような醜怪な音響だ。部屋いっぱいにはね狂うように充満して響きたつのだからたまらない。
「ウム」
「ウーン」
諸方で誰かが呻きを発した。二三人にとどまらない。一人の呻きをきくと、ひきずられて思わずうめかずにはいられなかったのである。
怪音が三四十秒つづいて終ると、すでに音楽も終っていた。にわかにハモニカが宙にういてプープー鳴りはじめた。人が吹いているのではない。なぜならハモニカは人の頭よりも高いところをクルクル舞い廻っているからである。突然メガホンも宙を舞いはじめた。つづいてラッパが舞い上った。三ツ一しょに目まぐるしくクルクル舞い狂ったあげく、
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