言も喋りませんでした。ちょッとした変人ですね。心霊術師としては奇術の腕がたしかです。私が見たうちでは一番と申せましょう。夜光塗料をぬった道具類のさばきなぞはあざやかで、ハモニカを口にくわえて吹きながら、他のハモニカとメガホンとラッパの三ツを同時に空中に使いわけたのは一寸《ちょっと》したものです。私ならもっとうまくやってのける自信はありますがね。どうも奇術の話ばかりで恐縮ですが、それしか注意していなかったんですから、どうにも仕方がありません。
茂手木の証言
仰有るように、ぼくが被害者に最も近い位置にいたわけなんですが、大変な音響でしたし、奇術にばかり心をとられていたものですから、人の気配も、被害者の刺された気配も、全く気がつきませんでした。え? 犯人の心当りですッて? あの場合、誰だって後閑さんを殺すことができましたよ。あれぐらい人殺しにお誂《あつら》え向きのチャンスはありませんねえ。それはもうあの場に居合わせた全員が容疑者ですよ。全員が犯人でありうるのです。むろんぼくなぞ位置は近いし疑られても仕方がありませんが、ぼくがあの人を殺す理由がないじゃありませんか。問題は結局なぜ殺したか。その理由、動機というものの問題ではありませんかね。え? 勝美にも遺産の四分の一がころがりこむのですか。いえ、一向に存じませんでした。他家へ縁づいた女にまで均等の遺産がねえ。相続なんてえことを考えてみたことがありませんので、そんな新法律は全く知りませんでしたよ。え? ぼくの職業ですか? 土建会社の平社員ですよ。社長の秘書、悪く云えば用心棒ですかね。法律には縁がありません。
吉田八十松の証言
あの人が奇術師の伊勢崎九太夫ですか。それじゃアどうも嘘をついてもはじまりません。あの人の名は心霊術の仲間うちでは評判でしてな。こまったお方が現れたものですな。それはもうあの方の仰有る通りで。縄をぬけて前方へでて曲芸をやったわけですな。丸一小鉄をへタにした曲芸を暗闇でやるわけなんです。いえ、あれだけが心霊術ではありません。他にたとえば翌日やるはずになっておった幽霊をだして物をきき物を語らせるというのがむしろ心霊術の主眼ですが。え? その種あかしですか? そればッかりはカンベンして下さい。それを知られてしまえば元も子もなくなるのでしてな。ま、私は私なりに発明した手法などがありましてな。他の業者
前へ
次へ
全27ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング