男であった。つゞいて鉄炮の利をさとり、主戦武器を鉄炮にかえた。これが彼の天下統一をもたらしたのだが、この要心と見識の裏にあるものは怖れの心だ。恐らく、怖れの最高、絶対なるものである。かかる信長に、三度や四度の戦勝が、まことの自信をもたらしてくれるものではない。信長には持って生れた野育ちの途方もないウヌボレがあった。それと同量の不安があった。このウヌボレをまことの自信に変えるためには、不安と同量の、他人による、最高、絶対の認められ方が必要であった。
信長の家来たちは、餓鬼大将が、どうやらホンモノの大将らしいところもあると思ったが、半信半疑なのである。
清洲から五十町ほどの比良の城の近所にアカマ池というのがある。蛇池という伝説があり、三十町も葭《よし》の原ッパのつゞいた物怖しいところである。
正月中旬というからまだ寒い季節であるが、安食村の又左衛門という者が暮方アカマ池の堤を歩いていると、一抱えほどの黒い胴体が堤の上にあり、首は堤をこえて池の中へもぐっている。人音に首をあげたのを見ると、鹿の顔みたいなものに目玉が星のように光り、紅の舌がこれも光りかゞやいて、ちょうど人間の掌をひらいた
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