物の行列などは大嫌ひで、さほどの大金も持たないのだが景気よく闇の品物を買入れて、大いに御馳走してくれる。料理をつくることだけは厭がらず、あれこれと品数を並べて野村が喜んで食べるのを気持良ささうにしてゐる。さういふ気質は可憐で、浮気の虫がなければ、俺には良い女房なのだがな、と野村は考へたりした。
「戦争がすむと、あたしを追ひだすの?」
「俺が追ひだすのぢやなからうさ。戦争が厭応《いやおう》なしに追ひだしてしまふだらうな。命だつて、この頃の空襲の様子ぢや、あまり長持ちもしないやうな形勢だぜ」
「あたし近頃人間が変つたやうな気がするのよ。奥様ぐらしが板についてきたわ。たのしいのよ」
女は正直であつた。野村は笑ひだすのだが、女の気付かぬ事の正体を説明してやらなかつた。そして女の可憐さをたのしんだ。
「奥様ぐらしが板についたなら、肉体のよろこびを感じてくれるといゝのだがね」
野村はをかしさにまぎれて、笑ひながらうつかり言つてしまつたのだが、女の表情が変つてしまつた。
表情の変つたあげくに、女はたうとうシク/\と泣きだしたのである。
「悪いことを言ひすぎたね。許してくれたまへ」
けれども女
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