に、すでに二人の破綻のための工作の一歩をきりだしたやうなものだ、と野村は思つた。
女はいつでも良い子になりたがるのだ、自分の美名を用意したがるものなのだ、と、急に憎さまでわいてきた。
女は一泊の旅行にでも来たやうな身軽さでやつて来たのに、出る時はさうも行かないものなのか。なに、しばらく淫蕩を忘れて、ほかに男のめあてがないから今だけはこんな風だが、今にこつちが辟易するやうになるのは分りきつてゐるのだ、と野村はだん/\悪い方へと考へる。女のわがまゝを見ぬふりをして一緒に暮すだけの茶気は持ちきれないと思つた。
「もう、飛行機がとばないのね」
女は泣きやんで、ねそべつて、頬杖をついてゐた。
「もう空襲がないのだぜ。サイレンもならないのさ。有り得ないことのやうだね」
女はしばらくして、
「もう、戦争の話はよしませうよ」
苛々《いらいら》したものが浮んでゐた。女はぐらりと振向いて、仰向けにねころんで、
「どうにでも、なるがいゝや」
目をとぢた。食慾をそゝる、可愛いゝ、水々しい小さな身体であつた。
戦争は終つたのか、と、野村は女の肢体をむさぼり眺めながら、ますますつめたく冴えわたるやう
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