の、それは卑怯よ。なぜ、汚くないと考へるやうにしないのよ。そして私を汚くない綺麗な女にしてくれようとしないのよ。私は親に女郎に売られて男のオモチャになつてきたわ。私はそんな女ですから、遊びは好きです。汚いなどと思はないのよ。私はよくない女です。けれども、良くなりたいと願つてゐるわ。なぜ、あなたが私を良くしようとしてくれないのよ。あなたは私を良い女にしようとせずに、どうして一人だけ脱けだしたいと思ふのよ。あなたは私を汚いものときめてゐます。私の過去を軽蔑してゐるのです」
「君の過去を軽蔑してはゐないよ。僕はたゞ思ふのだ。君と僕との結びつきの始まりが軽卒で、良くなかつたのだとね。僕たちは夫婦にならうとしてゐなかつた。それが二人の心の型をきめてゐるのではないか」
 女は大きな開かれた目で野村を睨んでゐた。それから、ふりむいて、ねころんで、蒲団をかぶつて泣きだした。
 野村はなほも意地わるく考へてゐた。
 女はなぜ怒りだしたのだらう。それも要するに、自分の淫奔な血を嗅ぎ当てて、むしろその毒血自体がのたうつてゐる足掻《あが》きであり、見様によつては狡猾なカラクリであり、女はそれを意識してゐないで
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