らぬ何かを考へてゐるのぢやないかと思つてゐたのだがね、あのとき何を考へてゐるのか、教へて貰ふわけに行かないかね」
 女はわけが分らないといふ顔をした。そのあとでは、てれたやうに、かすかに笑つた。
「そんなこと、きくものぢやないわ。女は深刻なことなど考へてをりませんから」
 そして、まじめな顔になつて、
「あなたは私を可愛がつて下さつたわね」
「君は可愛がられたと思ふのかい?」
「えゝ、とてもよ」
 女の返事は素直であつた。
 女は例の一時的な感動に亢奮してゐるだけなのだと野村は思つた。そして感動の底をわれば、いづれは別れる運命、別れずにゐられぬ女自身の本性を嗅ぎ当ててゐることのあらはれではないかと疑つた。
「僕は可愛がつたことなぞないよ。いはゞ、たゞ、色餓鬼だね。たゞあさましい姿だよ。君を侮辱し、むさぼつたゞけぢやないか。君にそれが分らぬ筈はないぢやないか」
 彼は吐きだすやうに言つた。
「でも、人間は、それだけのものよ。それだけで、いゝのよ」
 女の目が白く鈍つたやうに感じた。驚くべき真実を女が語つたのだと野村は思つた。この言葉だけは、女の偽らぬ心の一部だと悟つたのだ。遊びがすべて。
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