乎として――私は、ここの倅を好まないのだ。私は、(私は、私は――)、金属性の物音が嫌ひである、私は、(私は私は――)全て金属的な存在が、金属的な神経が、嫌ひである。ところで、ここ[#「ここ」に傍点]の倅は、真鍮喇叭《しんちゅうらっぱ》であつた。
この不愉快な金属は、最近まで経済科の大学生であつたが、今は止して、専ら何事もしてゐなかつた。何事もすることがないので、気違ひの真似や、自殺の真似をするのであつた。決して人の神経を顧慮することのない、野性的な、ベルトのやうな神経をもつて、十|瓦《グラム》ほどのカルモチン錠剤を嚥み下してみたり、遺書を残して行方を晦ましたり、常に何事かの騒音を惹起することに由つて、其の存在を認識せしめやうと企むかに見えた。
麗かな朝、陰鬱な朝、――朝は概ねヒッソリとして階下の一室に閉ぢ籠つてゐる男は、午過ぎ頃になると突然 wachchchchch と張り裂けるやうな悲鳴をあげて、「|俺はつらい、拙者は悲惨だ!《ジュ・シュイ・トリスト オー・ミゼラブル!》」と嘆き乍ら手足をバタバタ力一杯に畳や壁へ打付けてゐるが、軈てやにわ[#「やにわ」に傍点]に自分の部屋を飛び出
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