、
「ああ私は、私は何時も、一日中、毎日毎日毎日毎日、静かに、ヂッと、考へてゐるのですよ。私を静かにしておいて下さいと言ふのに……」
「戸張さん、戸張さん……」
「ああ、騒がしい。ああ、騒がしい。私は、私は――ああ、もう間もなく死んで行く人間ですから……」
「ああ、戸張さん、戸張さん、私は……」
私の逆上と彼女の混乱とをゴッチャにして、これも全く逆上してしまつた主婦は、崩れるやうに私の真向ひへ坐つて――
「戸張さん、戸張さん、本当に、おお、私はどうしませう。もう、もう生きてゐるのも容易ではありませんよ――」
そして溢れる泪と一緒に流れるやうに喋り出すが、間もなく次第に生き生きとして――しかし、話それ自身は、聞き手の私から全く独立して、私の返答や私の存在は話の中へ交通する余地が、もはや全く無かつた。私は話の始終といふもの、決して愉快な顔付はせず、唯むやみに苦い憂鬱な顔付をして、首を左右に揺さぶつてみたり、冷笑に似た自棄な笑ひを唐突に、横向きさまに浴せかけたりするのみである。そしてその話といふのが、ああ、ああ、ああ、毎日毎日同じ同じ話なのだ。一人息子の悪口である。当節の暮しにくい世相の
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