が出来た。翌る日も、心待ちにしてゐたが、女は戻つて来なかつた。
さういふ事があつてのち、間もなく、此の家の主婦は縊死を遂げ、その倅は、瘋癲院《ふうてんいん》へ送られてしまつた。私は、そして、坂の上の見晴らしのいい一角へ建てられたあの病院へ、暫時のつもりで入院することにした。
私は、この私へ襲ひかかつてきた尨大な空虚さを、どうすることも出来はしない。私が何事も思ひ知らずに耽つてゐる静かな物思ひの日に、ふとして、我知らず嵌り込んで遣り切れない此の真つ暗な、底の知れない深い崖は、どうすることも出来ないものだ。一種特別の苛立たしい憤りと、嘆きと、遣る瀬なさとで、私は、狂ほしい気持になるばかりである。
それでも私は、又会ふ日があるかも知れないといふ希望によつて、甘い安心を、ひととき心に落すことが出来るのである。その安心に唯一の救ひを見出すよりほかに詮方ない私は、その時、いそがわしく手繰り出す古い写真のやうにして、甘い幻を描き出すことによつて、何事をも忘れ去らうとするのである。
私は、病院の前にゐるのであつた。その径は、坂が降らうとする高台の端れにあつて、一方は下に展らける谷底の街へ、一方
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