と手と共に洗ひ流してしまふやうに、呟き終はるのであつた。そして今度は私の方を振り向いて、もし私の気さへ進むなら、転地してみるのも悪い試みではないことを、早口に、ごく簡単に述べるのであつた。しかし、私は、殆んど旅の経験を持たない人間であつたので、汽車に乗ること、見知らない土地へ向つて一人走り去ることの心細さや、旅先での様々な煩瑣な心遣ひのことなぞが、私を重たくして、私はそれを考へることも寧ろ好まないやうであつた。
そして私は、この単純な白漆喰に取り囲まれて、簡潔な、直線的《リネエル》な医療機械に護られてゐると、凡有《あらゆ》る蟠《わだか》まりを発散して、白痴のやうにだらし[#「だらし」に傍点]なく安心したい気持になつた。時々、私の顔はだらし[#「だらし」に傍点]なく夏のさ中へ溶け込もうとし、私は、睡むたげな空気となつて、蝉のやうなヂンヂンを唸り出したい幻覚に襲はれるのであつた。何故ならば、この真白な診察室にも矢張り、夏は訪れてゐて、細長い南の窓から、翳りの深い、脂ぎつた夏の樹と、泌みつくやうな濃厚な空が、その葉を越えて展らけてゐた。不図した些細なハヅミに由つて、私の凭れる廻転椅子は、睡
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