、私は曩《さき》に、恰も私は、終日終夜堅く外出もしないやうに述べたのであるが、然し私は、一定の時間には必ず一度、外出しなければならなかつた。勿論それは、気分の上に於て、いはば全く区劃の不鮮明な茫漠さを、内より外へ運び出すに過ぎぬのであるが――一日のうちに一度づつ、その事があつたのである。
 そこで、私は、最も簡単に言ふのであるが、私はもはや死ぬのであつた。私はもはや、長くないのである。――私は、朝の洗面に、血痰に悩まされるのであつた。そして私は、私の吐き出した物に対して、その幾分か不気味な、丁度栓を抜くやうに空虚な喉ざわりのほかには、決して特別の愛情も、扨て又特別の美意識も懐くわけではなかつたが、私は、一応洗面器を持ち上げて、吐き出した赤いチラチラするものを、流しの上に探し出さねばならなかつた。そして又、私は、狼狽を隠すためではあるまいけれど、様々な別なことを考へやうとして、結局何事も思ひつかずに、ボンヤリと赤いものに眺め入つてゐるのであつた。
 私は毎日、病院へ通ふのである。灰色な、あの厳《いか》つい石門を潜つて、大きな建築の中に生命の見窄らしさを威嚇されたくない私は、そして、白い着
前へ 次へ
全32ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング