んなものをふと考へずにゐられなくなる。子供の心でも、さうだつた。私は「家」そのものが怖しかつた。
 私の東京の家は私の数多い姉の娘達、つまり姪達が大きくなつて東京の学校へはいる時の寄宿舎のやうなものであつたが、この娘達は言ひ合したやうに、この東京の小さな部屋が自分の部屋のやうで可愛がる気持になるといふ。田舎の家は自分の部屋があらゆる部屋と大きくつながり、自分だけの部屋、といふ感じを持つことができないのだ。そしてその大きな全部、家の一つのかたまりに、陰鬱な何か漂ふ気配があつた。それは家の歴史であり、家に生れた人間の宿命であり、溜息であり、いつも何か自由の発散をふさがれてゐるやうな家の虫の狭い思索と感情の限界がさし示されてゐるやうな陰鬱な気がする。
 別して少年の私は母の憎しみのために、その家を特別怖れ呪はねばならなかつた。
 中学校をどうしても休んで海の松林でひつくりかへつて空を眺めて暮さねばならなくなつてから、私のふるさとの家は空と、海と、砂と、松林であつた。そして吹く風であり、風の音であつた。
 私は幼稚園のときから、もうふら/\と道をかへて、知らない街へさまよひこむやうな悲しさに憑
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